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「穢多・非人を通常の社会に入れると殺される」のはそこに差別意識があるから。



武田氏発言まとめ

①穢多・非人は国の中の特殊身分制度。士農工商には入っていない。
⓶日本人は差別しなかったが、ユダヤ人が外国から入ってきた時に日本人はどういう風に扱ったか。
このような問題はもう無限にある。
③アイヌもそうだが、そういう外国との折衝もある。
④なかなか普通の人間として生活できないような人もいる。
⑤人数的に例外的である人を、どう扱うかというのは難しい問題。
⑥現在の社会では、希な人を正常な人と一緒に取り扱おうというのが正しいという社会。
⑦⑥が正しいかどうかについては議論されていない。
⑧知能が遅れている人を特殊学校に入れるのは正しい。
⑨知能が遅れている人を普通の小学校に入れて、みんながいじめるのがいいのか。
⓾足の悪い人、病気がちな人に合わせたことをやるという考え方もある。
⑪穢多・非人の人を通常の士農工商の中にいれると、すぐ殺されるといようなことになったと思う。
⑫それはやはり社会が別に保護しなきゃいけない
⑬穢多・非人は別の所に集団で住まわせるしかないという状態だった。
⑭スポーツは男女わけてやるが、穢多・非人を分けるのはそれと同じ。
⑮実質平等、実質人間の尊厳を認めるということ。

①穢多・非人は国の中の特殊身分制度。士農工商には入っていない。
そのとおりであるが、
最近の歴史教科書では「士農工商」と言う言葉は書かれていないらしい。
昔の歴史教科書には江戸時代の身分制度として「士農工商」と明記されていたが、数年前に廃止になった。
士農工商とはもともとは「国中のすべての人びと」という意味で儒学からくる言葉である。
近代、士農工商は江戸時代の身分制度を意味すると考えられるようになって、教科書にも掲載されていたのだが
研究が進んだ結果、江戸時代の身分制度を身分が高いものから順に、士農工商とするのは誤まりであったことがわかり、訂正されたのである。

士農工商の言葉が教科書からはずされた理由は主に
a. 武士が上で農工商に身分の上下はない。農工商は単なる職業区分=武士・平人・賤民の三つの身分が存在していた。
b.僧侶・神官など士農工商に分類できない職業もある。
という2点だった。

しかし、これを士農工商は単なる職業区分だったと勘違いした人が大勢いたようで、ブログ記事などにそのように書いている人もいた。

武田氏も勘違いをされており、ご自身のブログで「士農工商は単なる職業区分」とおっしゃっていたと思う。

武田氏はよく「日本には身分制度はなかった」「日本には階級制がなかった」とおっしゃっているが
それは武田氏の「士農工商は単なる職業区分」という勘違いからくる発言である。

正しくは、「士が上で、農工商が下」「武士・平人・賤民の三つの身分が存在していた。」である。

⓶日本人は差別しなかったが、ユダヤ人が外国から入ってきた時に日本人はどういう風に扱ったか。
このような問題はもう無限にある。

①で述べたように日本の身分制度は、「武士・平人・賤民の三つの身分が存在していた。」といえるが
身分制があることと、差別が存在することは微妙に異なるだろう。
「日本人は差別しなかった」かどうか。これについては、のちほど考えることにしよう。

「ユダヤ人が外国から入ってきた時に日本人はどういう風に扱ったか。」という発言について
5世紀ごろ日本にやってきたとされる秦氏はユダヤ人ではないかという説があるそうだが、これについておっしゃっているのだろうか?

そうかもしれないが、武田氏のこの発言だけでは、何のことなのかわからないというしかない。

③アイヌもそうだが、そういう外国との折衝もある。

これも意味がわからない。アイヌは外国だといっているのだろうか?

④なかなか普通の人間として生活できないような人もいる。

障害のある人はサポートが必用だろうが、穢多・非人は障害者ではない。

⑤人数的に例外的である人を、どう扱うかというのは難しい問題。

たとえばアイヌのような少数民族は、例外的といえるかもしれない。
言語や文化が異なるからだ。
例えばアイヌは、土地を所有するという概念がなく、契約という概念も持ち合わせていなかったため
ある程度保護をしないと、騙されて土地から何から取り上げられてしまうというようなことが起こってしまう。
現在はそのようなことはないだろうが、昔はそのようなことが実際にあったと聞いた記憶がある。

しかし、穢多・非人は異民族ではなく、日本民族である。
言葉の障害、文化の障害はない。
非人は神事に深くかかわるなど、どちらかといえば文化を牽引してきた人々であるとさえいえる。

穢多・非人は、武士・平人と何がちがうのだろうか。
武田氏は肝心のそれを一切説明していない。

⑥現在の社会では、希な人を正常な人と一緒に取り扱おうというのが正しいという社会。
⑦⑥が正しいかどうかについては議論されていない。

ノーマライゼーションという言葉がある。
その意味は、社会的な弱者の環境整備を整え、普通の生活が送れるような社会にすることである。
例えば、足の不自由な人でも苦労することなく通勤できたり、買い物できたりする社会。
知的障害がある人については、彼らが自立して生活できるよう、サポートが受けられる社会、というような意味だろう。

足が悪い人を足の悪くない人と同様に扱って通勤・買い物で苦労させたり
知的障害のある人に何の手助けもせず、一般的な社会に放りだすというような社会を、われわれは目指してはいない。

⑧知能が遅れている人を特殊学校に入れるのは正しい。

上の記事に体験談などが掲載されていて参考になる。

程度や個別の状況によって、特別支援学級に入れた方がよいケース、通常学級に入れた方がよいケースがあるようで
一概には言えないのかなと思った。

⑨知能が遅れている人を普通の小学校に入れて、みんながいじめるのがいいのか。

知能が遅れている同級生をいじめるのは、差別である。
知能が遅れている同級生がいてもいじめず、仲良くできるのが望ましい。
「知能が遅れている人を普通の小学校にいれると、同級生がいじめる」という発言は、日本に差別があることを前提としているものと思われる。
差別のない社会であれば、知能が遅れている人があっても、いじめたりせず、仲間としてうけいれるはずである。

⑪穢多・非人の人を通常の士農工商の中にいれると、すぐ殺されるといようなことになったと思う。
⑫それはやはり社会が別に保護しなきゃいけない
⑬穢多・非人は別の所に集団で住まわせるしかないという状態だった。

これも⑨と同じ。
日本人に差別意識がなければ、穢多・非人が同じ社会にいても、殺されるなどということは生じないだろう。
つまり、このように発言すること自体、武田氏は「日本人には差別意識があった」といっていることになる。

⑭スポーツは男女わけてやるが、穢多・非人を分けるのはそれと同じ。

男女は体のつくりが異なるが、穢多・非人の男性は他の男性と、穢多・非人の女性は他の女性と変わるところはない。

⑮実質平等、実質人間の尊厳を認めるということ。

上に説明したように、穢多・非人の存在は、日本に差別があったことを物語るものであり
武田氏が導く結論は誤まったものだと言わざるをえない。

もう少し補足しておこう。
武田氏は、穢多・非人は稀な人、といっているが、どう稀であるかの説明をしていない。
穢多・非人はアイヌのような少数民族ではなく、身体に障害のある人々でもない。
異なるのは、その職業と身分である。

武田氏は彼らの職業と身分を理由に、稀な人であるので、一般社会にいれると殺されるから保護したというのだが
職業や身分を理由に殺されるのは、日本に差別があったということになる。

また1856年渋染一揆がおこっている。

池田慶政が「御倹約御触書」を出した。
その内容は
・被差別部落民の着物は無紋・渋染・藍染に限る。
・雨天の際や仲間の家に行く時は栗下駄を許すが、顔見知りの百姓に出会ったら下駄を脱ぐべし
・他村へ行く時は下駄をはいてはいけない

これに備前国岡山藩の被差別部落住民が反発して、強訴した。

強訴の罪によって12人が牢屋にいれられて、6人が獄死している。

これのどこが保護なのだろうか。

歴史は実際にどのようなことがおこったか、で判断するべきものである。
武田氏の語る歴史は、差別を保護と言い換えた、単なる言葉遊びのようなものである。
しかし、単なる言葉遊びであるから矛盾が生じてしまっている。

繰り返しになるが
「穢多・非人の人を一般社会にいれると、すぐ殺される」から保護したというが
「穢多・非人の人を一般社会にいれると、すぐ殺される」ような社会は、差別のある社会である。
よって武田氏の理屈では「日本には差別があった」ということになるのである。



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