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土蜘蛛の謎⑨ 浄蔵、鉢を飛ばす 

土蜘蛛の謎⑧ 空飛ぶ鉢の正体 よりつづきます~


蔵王堂光福寺 久世六斎 
蔵王堂光福寺 久世六斎 祇園囃子

①蔵王堂興福寺創建説話

日が暮れてすっかり暗くなった蔵王堂光福寺。
そこへ浴衣を着た人々が次々にやってきては舞殿の前に設けられたベンチに腰掛けていく。
やがてドーン、ドーンと催し太鼓の音がして久世六斎会による六斎念仏が始まった。

蔵王堂光福寺は955年に浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)を開基として建立された寺院で、次のような創建説話が残されている。

955年、浄蔵が吉野山大峰山での修行を終え帰る際に、蔵王権現が現れて「私を連れて帰ってほしい」とおっしゃった。
浄蔵が権現を背負うと権現は木像となった。
浄蔵は桂川の畔で持っていた鉢を水に落としてしまった。
その鉢は川を遡り、北に向い岸で止まった。
その地が現在の蔵王堂の東の川である。
その地には円い光が輝いており、弁財天女の霊場であった。
浄蔵が背負ってきた蔵王神像はこの地から動かなかった。
夜、西に丈六のナギが生えて明天老翁が現れて言った。
「この地が医王弁財天女の影向(神仏が仮の姿をとって現れる)の地である。」と。
そこで浄蔵貴所はここに堂宇建て、霊像を安置し本尊とした。


吉野山の金峯山寺には蔵王権現を祀る蔵王堂がある。
蔵王堂光福寺という寺名は吉野の蔵王堂からとったものだと考えられる。

金峯山寺 蔵王堂 桜

金峯山寺 蔵王堂

②鉢と縁の深い浄蔵


蔵王堂光福寺の創建説話に鉢が登場するが、浄蔵が托鉢の鉢を飛ばしたという伝説もある。

浄蔵は比叡山で修業をしていたとき、験力で目には見えない護法童子に鉢を持たせて飛ばせ、食べ物を集めさせていた。
この術は飛鉢法といい、護法童子の姿は人には見えないのでまるで鉢が飛んでいるように見えた。
あるとき護法童子が空っぽの鉢を持ち帰るということが三日続いた。
北の山から飛んでくる別の鉢が食べ物を奪い去っていたのだった。
浄蔵は自分の鉢に、別の鉢を追わせた。
すると清水が流れ、松の生えた場所に方形の草庵があり老僧が読経をしていた。
浄蔵が老僧に自分がここへやってきた事情を説明した。
浄蔵の鉢から食べ物を奪っていたのは老僧が使役していた天童だった。
老僧は天童をを諌め、また別の天童を呼んで梨をもってこさせた。
浄蔵は梨を食べるとたちまち疲れがとれた。 


どうも浄蔵は鉢と縁が深い人物のようである。

③浄蔵は八とも縁が深い

浄蔵は文章博士だった三善清行の八男とされる。
また八坂の塔が傾いたのを法力で真っ直ぐに直したという伝説もあり、八と縁が深い。

八坂の塔 月

八坂の塔

④八は復活を意味する数字?


梅原猛氏は八は復活を意味する数字だとしておられる。
八角堂や八角墳は死者の復活を願って作られたものであるというのである。

壺阪寺 紅葉3

壺阪寺 八角円堂

法隆寺 夢殿

法隆寺 夢殿

そういえば、浄蔵が一条戻橋でつかのま父親を生き返らせた(復活させた)という伝説もある。

一条戻橋

一条戻橋

⑤『七転八起』とは、七で死んで八で復活するという意味?

なるほど、梅原氏のように考えれば辻褄があう言葉がたくさんある。

例えば『七転八起』という言葉がある。
七度転べば起きるのも七度である。それなのに、なぜ八起なのか。

人が死んだ際の法要は七日ごとに行うので、七は死をあらわす数字だと思う。。
そして『七転八起』とは、七で死んで八で復活するという意味ではないだろうか。

⑥八咫鏡は死んだ天照大神を復活させた鏡?

また『八咫鏡』とは天岩戸に籠もった天照大神を岩戸から出すのに用いられた鏡のことだが、
天岩戸に籠るとは、死んで石室に葬られているイメージがある。
死んだ天照大神を復活させた鏡なので、復活を意味する八を用いて『八咫鏡』と言うのではないか。

⑦八咫烏は復活した太陽神?

『八咫烏』は中国や韓国では太陽の中に描かれることが多い。
『八咫烏』とは復活した太陽神だと考えると辻褄があう。

記紀は『八咫烏』は天孫・神武天皇を道案内した烏だとするが、神代には猿田彦という神が天孫・ニニギを葦原中国へ道案内したという話がある。

杭全神社 夏祭 猿田彦

杭全神社 猿田彦(天狗)
猿田彦はニニギの道案内をしたという伝説から、祭の行列で先導することが多い。

猿田彦は高天原から葦原中国までを照らす神であると記されている。
それにぴったりくる名前を持つ神がいる。
天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてる くにてるひこ あまのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)、つまり物部氏の祖とされるニギハヤヒのことである。
この神が本当の天照大神だという説がある。

サルタヒコと八咫烏とはどちらも天孫(ニニギ・神武)の道案内をしているので同一神だと考えられる。
つまり八咫烏とは復活した太陽神・ニギハヤヒのことである。

住吉祭 猿田彦 
住吉祭の猿田彦(天狗)

⑧八所御霊

八所御霊というのもある。八所御霊とは八柱の御霊という意味で、京都の上御霊神社・下御霊神社などで祀られている。
御霊とはもともとは怨霊であった人たちのことで、慰霊されて神として復活した者たちのことだともいえる。

下御霊神社

下御霊神社


⑨八朔祭

さらにこの日は浄蔵を開基とする蔵王堂光福寺の八朔祭であった。
浄蔵が八と縁が深い人なので、蔵王堂光福寺では八朔祭を行っているのではないだろうか。

八朔とは旧暦の8月1日のことで、早稲の穂が実るころで、農民の間で初穂をお世話になった人々へ贈る風習があった。
初穂=田の実ということで、『田の実の節句』ともいわれた。
『たのみ』は語呂合わせで『頼み』に通じることから、武家や公家の間でも、八朔に贈り物をする習慣が生じたと言われている。
現在でも、京都の祇園などでは八朔に舞妓さんや芸妓さんがお世話になっているお茶屋さんなどに挨拶回りする習慣がある。

祇園 八朔

祇園白川 八朔であいさつ回りする舞妓さん

蔵王堂光福寺の八朔祭は現在では新暦の8月31日に行われているが、旧暦では8月1日に行っていたのだろう。

⑩飛行する鉢=飛行する髑髏?

さきほど浄蔵が鉢を飛ばしたという伝説を紹介したが、前回の記事、土蜘蛛の謎⑧ 空飛ぶ鉢の正体 で述べたように、信貴山縁起絵巻にも鉢を飛ばすという話がある。

朝護孫子寺 本堂 霧2

信貴山にある朝護孫子寺

命蓮法師が托鉢のために飛ばした鉢が、長者のところに頻繁にやってくるようになったので、長者はこれに腹を立てて鉢を米蔵に閉じこめた。
すると鉢は倉から飛び出して倉をのせて信貴山に飛び去った。


鉢を飛ばすという物語は、類型的な物語のひとつだといえるだろう。

File:Sigisanengi tobikura.jpg

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/da/Sigisanengi_tobikura.jpg よりお借りしました。
作者 English: unknown 日本語: 作者不詳 (不明) [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で

頭のことを鉢ということがある。
『鉢巻』とは頭に晒しを巻くことであり、『鉢合わせ』とは出会いがしらに頭と頭をぶつけることである。

私は鉢とは頭、髑髏を比喩的に言ったものではないかと考えている。
つまり空飛ぶ鉢とは空飛ぶ髑髏のことではないかと思うのだ。

浄蔵が飛ばした鉢もまた髑髏であると思う。

浄蔵は鉢のほか、復活を意味する数字8とも縁が深いが、8は鉢=髑髏を意味しているのだろう。

⑪髑髏は復活にかかせない呪具だった?

髑髏は復活にはかかせない呪具であるとされていたのだと思う。
というのは、真言立川流という真言宗の流派がかつてあったのだが(江戸時代に迫害をうけて消滅したと考えられている。)
立川流では髑髏に漆や和合水を塗り重ねて髑髏本尊を作る。
この髑髏本尊を袋に入れ、7年間抱いて寝ると8年目に髑髏は命を持って語りだすとされていたのだ。

髑髏が命を持って語りだすというのは、髑髏が復活したということである。

⑫土蜘蛛とは謀反の罪で斬首された人?

そして源頼光と渡辺綱が空飛ぶ髑髏にであったとか(『土蜘蛛草子』)、また蘇我入鹿・玄昉・平将門らの首が飛んだという伝説もある。

私は土蜘蛛とは謀反の罪によって斬首されて首のない人のことだと考えている。
というのは、昆虫の体は頭部・胸部・腹部の3つに分かれているが、蜘蛛は頭胸部と腹部のふたつの部分からなる。

蜘蛛の体 


古の人々は蜘蛛とは頭部のない昆虫だと考えたのではないかと思うのだ。
(詳しくは土蜘蛛の謎② 土蜘蛛とは首のない人間のことだった?をお読みください。)

浄蔵や命蓮が飛ばした鉢とは謀反人の髑髏なのだと思う。
謀反人はこの世に恨みを残したまま斬首されて死んでいき、死後は怨霊になったと考えられたことだろう。
ところがこのような怨霊は神として祭り上げると守護神に転じるという信仰があった。
それで鉢=髑髏は守護神になったということで、浄蔵や命蓮に食べ物を持ち帰ったなどという伝説が生じたのではないだろうか。

蔵王堂光福寺 久世六斎-獅子と土蜘蛛 
蔵王堂光福寺 久世六斎 獅子と土蜘蛛
蔵王堂光福寺・・・京都府京都市南区久世上久世町
八朔祭・・・8月31日(確認をお願いします。)



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[2017/03/12 00:21] 土蜘蛛の謎 | トラックバック(-) | コメント(-)