土蜘蛛の謎⑥ 燈籠の火袋が『土蜘蛛の塚』と呼ばれている理由 よりつづきます~
妖怪ストリート①付喪神と終い天神『百鬼夜行絵巻』に次のように記されている。
付喪神(つくもがみ)が変化大明神を祀り、祭礼と称して夜更けに徒党を組んで西から東へと練り歩いた。北野天満宮の南200mほどのところにある一条通はこの百鬼夜行があった通りだとされており、これにちなんで現在は一条通の大将軍商店街は妖怪ストリートと称し、店先などに妖怪の人形などを展示している。
妖怪ストリート付喪神とは古くなった道具などに神や霊魂などが宿ったもののことである。
器物は100年を経ると精霊が宿って付喪神になると考えられており、そのため99年目で器物を破棄する習慣があったという。
付喪神を九十九神とも記すのはそのためだろう。
妖怪ストリートかつて年末に煤払いを行い、その際に不要になった古道具や器などを廃棄していた。
廃棄された古道具や器を北野天満宮の境内で売るようになったのが、現在でも行われているの北野天満宮の古道具市のルーツであるという。
特に年末の古道具市は煤払いを行うこともあって多くの物品が売買されたことだろう。
現在でも年末の12月25日に北野天満宮で行われる古道具市は『終い天神』と呼ばれ、多くの人で賑わう。
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②市は斎で、交換することで浄められる?そこでいくつかの疑問が生じる。
さきほど、「器物は100年を経ると精霊が宿って付喪神になると信じられ、99年目で廃棄する習慣があった。」と書いた。
『終い天神』には付喪神が憑いているような古い器物も売買されたのだろうか?
もし売買されていたとすれば、付喪神が憑いた器物を買う人がいたのか?
買う人がいたとすれば、気持ち悪いとは考えなかったのか?
私は付喪神が憑いているような古い器物も終い天神で売買されていたのではないかと思う。
そうであるからこそ、付喪神が北野天満宮に近い一条通りを練り歩いたなどという話ができたのではないだろうか。
古において市とは単に物品を売買するためのものではなく、神事的な意味を持っていたのではないかと私は考えている。
市とは斎(いつき)である、とする説がある。
斎とは『 飲食をつつしむ、禊をするなどして心身を清めて神に仕える』ことをいう。
つまり、市とは穢れたものを清めるための神事であったと考えられると思う。
市に出され、売買されることで付喪神は清められて悪さをしなくなるというような信仰があったのではないかと私は思うのである。
③鷽替え神事に見る市の意味北野天満宮では行われていないが、全国の多くの天満宮で『鷽替え神事』という神事が行われている。
動画お借りしました。動画主さん、ありがとうございます。『鷽替え神事』ではまず大勢の参拝者に小さなポチ袋が配られる。
そして『替えましょう、替えましょう』と唱えながら近隣の人とポチ袋を何度も交換しあう。
ポチ袋の中には紙製や木彫りの鷽鳥の人形が入っているのだが、その中に当たりの人形が混ざっていて、当たりの人形をひいた人は様々な商品がもらえるという神事である。
『鷽替え神事』は何度も交換することで、穢れが浄められるとする神事であると言ってもいいだろう。
何度も交換するというのは市に似ている。
さきほど、市に出され、売買されることで付喪神は清められて悪さをしなくなるというような信仰があったのではないかと書いたのはこのためである。
④妖怪ぬらりひょんと亀石
さて、妖怪ストリートの中でもひときわ異彩を放ち、目立っていたのが妖怪ぬらりひょんの人形である。
妖怪ストリート ぬらりひょん〈中央)