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日本人が最も早く人間になったとはいえない(竹田学校)※追記あり


①砂原遺跡11万年前の遺跡を作ったのは旧人の可能性が高い。

03:24
朝鮮半島では(発掘された最古の打製石器)が50万年前だ、中国では100万年だとか言っているわけです。
ほんまかいな、というところなんですけれども。
そこでですね、まぁちょっと考えてみたいんですが
分子生物学という学問がありまして、近年、大体20年ぐらいの間ですかね、猛烈な勢いで進化してきました。
人間の過去の営みを知る上でですね、
色んな出土物を調べて、だいたいこの地層からでだから何万年前ここにこんな人がいたんだろうなとかっていう
のはわかるんですけれども
それとは別の角度で、人間の遺伝子情報を解析していきまして、そこで人類のどの人たちがどこで混血したのか
どの時期にどう映ってきたのかっていうのがかなり克明にわかるようになってきたんですね。
分子生物学でどういうふうに何がわかるかっていう具体的なことはまた次回以降やりますけれども
人類はかつて全部アフリカにいたらしいんですね。
そして現世人類、つまりかつての猿と人間の中間みたいなのではなくて
私たちと同じような姿形。ホモサピエンス、現世人類と言いますけども、現世人類はアフリカで発生したと。
でアフリカで発生した時期なんですよ。約20万年前から10万年前ということなんですね。
この段階でアフリカで発生しましたと。
そしてアフリカをはじめて出た現世人類はこれ「出アフリカ」というふうに言われるんですけども
これがだいたい6万年前なんですよ
人類は20万年前から10万年前ちょっと開きがありますけどこの時にアフリカで出現しました。
そしてアフリカを最初に出た人類は6万年前なんですね。
ということは何ですか。この砂原遺跡11万年前。
これもし11万年の年代が本当だとしたら、これは人間が作ったんじゃないということです
だから10万年前だが15万年前に人間が住んでてその子孫がついに(3万8000年前の)磨製石器を作ったんじゃなくって
6万年以上前の遺跡って人間の遺跡じゃないということなんですよ

0:17 日本列島に来た旧人原人といえばデニソワ人じゃないかと言われているんですけども、彼らは滅びてしまったということなんですね

砂原遺跡の打製石器を作ったのがデニソワ人ではないか、ということは、こちらの記事ですでに述べた。


小名木氏が次のような内容の記事を書いておられたので、それは新生人類ではなく、デニソワ人であると私は述べたのだった。

a.現生人類が誕生してからおよそ4万年、ネアンデルタール人などの旧人が誕生してからおよそ20万年といわれている。

b.(現生人類はアフリカで誕生し、日本には4万~3万年前にやってきたとする)もっともらしい図が流布しているが、日本ではなぜかおよそ11万~12万年前の石器(島根県出雲市の砂原遺跡)が発見されている。(2013年6月7日発表)。

c.ミトコンドリア・イブの解析によって、人類の始祖はおよそ20万年前〜15万年前あたりに中央アフリカのあたりで発祥し、およそ6万年〜4万年前あたりにそれがイラクのあたりに移動し、そこからヨーロッパや亜細亜方面に広がったのだと、まことしやかにいわれている。

d.しかし人は移動する生き物なので、一箇所にとどまっていると考えるのは不自然。

e.日本で11〜12万年前の石器が発見されたからといって、人類の始祖が日本人であるとも限らない。
万年の単位で人類史を考えるときには、いまとまったく異なる地形を前提に考えなければならないからである。

小名木氏は旧人、デニソワ人などが作った可能性については全く述べておられない。

竹田氏のいう、砂原遺跡はデニソワ人が作った、というのは考え方としてまあ正しいと思うし
私も同様の内容の記事を書いた。

⓶「中国100万年の歴史」と言ったのは誰?

しかし竹田氏の発言のこれは?。

07:52 残念ですけど(中国の)100万年前の打製石器、(半島の)50万年前の打製石器。まだ成績人間じゃないです。
あなたたちの先祖じゃない。はやい時期にきたけどもう滅びちゃった人たちなんですね
だからいきがて、古いのだ、古いのだって言えば言うほど全部無関係の遺跡でしたよねっていうことになっちゃったわけですよ
嘘つくもんじゃないですね。100万年の歴史とか言うもんじゃないですよ。

100万年前、50万年前の打製石器が発見されたら、普通は旧人が作ったものだと判断するだろう。
本当に中国人が「100万年の歴史」などと言ったのか?
言った人がいたとしたら、それは考古学を知らない一般の人でちょっと勘違いしただけだろう。
考古学者がそんな勘違いをするとは思えない。

竹田さん、誰が「中国 100万年の歴史」とか言っておられたんですか?教えて下さいw

③オーストラリアの磨製石器は現生人類が作ったもの?

前回の記事 
で、最古の磨製石器は日本の3万8000年前ではなく、オーストラリアの6万5000年前だとお話しした。

竹田さんの発言をもう一度みてみよう。

03:34 分子生物学という学問がありまして、近年、大体20年ぐらいの間ですかね、猛烈な勢いで進化してきました。
人間の過去の営みを知る上でですね、
色んな出土物を調べて、だいたいこの地層からでだから何万年前ここにこんな人がいたんだろうなとかっていう
のはわかるんですけれども
それとは別の角度で、人間の遺伝子情報を解析していきまして、そこで人類のどの人たちがどこで混血したのか
どの時期にどう映ってきたのかっていうのがかなり克明にわかるようになってきたんですね。
分子生物学でどういうふうに何がわかるかっていう具体的なことはまた次回以降やりますけれども
人類はかつて全部アフリカにいたらしいんですね。
そして現世人類、つまりかつての猿と人間の中間みたいなのではなくて
私たちと同じような姿形。ホモサピエンス、現世人類と言いますけども、現世人類はアフリカで発生したと。
フリカで発生した時期なんですよ。約20万年前から10万年前ということなんですね。
この段階でアフリカで発生しましたと。
そしてアフリカをはじめて出た現世人類はこれ「出アフリカ」というふうに言われるんですけども
これがだいたい6万年前なんですよ
人類は20万年前から10万年前ちょっと開きがありますけどこの時にアフリカで出現しました。
そしてアフリカを最初に出た人類は6万年前なんですね。

竹田さんは
・アフリカで(現生人類)が発生した時期は約20万年前から10万年前。
・アフリカを最初に出た人類は6万年前

といっている。

オーストラリアの磨製石器が作られたのは6万5000年前。
このとき、現世人類は生まれている。
しかし、アフリカを出たのは6万年前。

オーストラリアの磨製石器を作ったのは、旧人なのか。現生人類なのか?

これまでオーストラリア大陸に人類が定住したのは47,000年から50,000年前とされてきた。
しかし、最近、研究者チームが北部準州(NT)のカカドゥ国立公園に近い土地の岩窟を調査した結果、
実際にはそれより18,000年遡る65,000年以上前という推定が強まってきた。

 ABC放送(電子版)が伝えた。

 しかし、この岩窟発掘現場そのものの年代について30年近く争われてきた。

 この発掘現場からは磨製石斧、砥石、火打ち石、オーカーなど多様な遺物に加え、現場一帯に焚き火跡が残っている。
この遺跡はマジェドベベと呼ばれており、ここがオーストラリア国内でこれまでに発見されたうちでは
もっとも古い人類の定住の痕跡であることを認める学者は多かったが、
現場の堆積物を最新の年代決定機器にかけた結果、世界でも有数の文化遺跡、人類学的に重要な遺跡であることが確認された。


この記事では、
・オーストラリア大陸に(現生)人類が定住したのは47,000年から50,000年前とされてきた。
・実際にはそれより18,000年遡る65,000年以上前という推定が強まってきた。

とある。

この記事では、オーストラリアの磨製石器を作ったのは旧人ではなく、新生人類と考えているようである。

ネアンデルタール人は毛皮をまとい、洞窟に住み、石器を使い、狩猟採集生活を行っていた。
石器は打製石器である剥片石器の技術を使っている。
これは、ルヴァロワ式石器ともいわれる旧石器文化が最も発達した形式である。
ネアンデルタール人の遺跡からは、石器で肉を引き剥がされ、骨がたたき割られた人骨が出土する。
これは彼らが食人を行っていた証拠とされる。
一方で、明らかに埋葬された人骨が見つかっており、家族や部落の仲間の死を悼む心を持っていた。
頭蓋骨の内側の形で大脳皮質がどの程度発達しているかが判り、前頭葉が一定の大きさに達していたこと、喉や胸骨の構造も現代人とほとんど同じであることなどから、
複雑な石器の製造や、狩猟での集団作業で言葉を使ったことは十分考えられる。
しかし、抽象的、象徴的言語を用いることはなかっただろう。


こちらの記事には、ネアンデルタール人は磨製石器は使っていない、と書いてある。

いまのところ、オーストラリアの6万5000年前の磨製石器は現生人類がつくったもの、と考えてよさそうである。

④竹田さんの理屈では、最初に人間になったのは当時オーストラリアに住んでいた人。

11:18 ちょっと前ぐらいに日本列島に住み始めた人でも最初は文化を持っていないただの方がの人だったわけですね
ところがあるとき才覚(?)した。

11:49 そこで磨製石器を作っちゃったわけですよ。そこで人は人間になったんですね。
ですからそのとき地球のあちこちに人はいたんでしょう。
でも最初に人間になったのは日本列島に住んでいた現生人類。ホモサピエンス。

磨製石器をつくったら、人間になる、という理屈は「は?」と思うし
磨製石器をつくった時期がはやかったからどうだといいたいのか、よくわからないが
竹田さんの理屈に従えば、最初に人間になったのは65000年前にオーストラリアに住んでいた人、ということになる。

(日本の旧石器時代の磨製石器は数が多い、と反論してくるかもしれないが。)の原住民

⑤砂原遺跡が現生人類の遺跡である可能性は?

ウィキの記事にも、竹田さんの話でも「砂原遺跡はデニソワ人など旧人の遺跡」と結論づけている。
私も以前の記事で、「砂原遺跡はデニソワ人によるもの」と述べた。

しかし、今回記事を検索してみて、現生人類の遺跡である可能性も、もしかしたらあるかもしれないと思った。

❶2015年10月14日にNatureに報告された、中国南部の洞窟で出土した歯化石によって、
ホモ・サピエンスが約10万年前には中国に到達していたことが明らかになった1。
これまで多くの研究者は、この年代に我々ホモ・サピエンスがアフリカから遠く離れた地域に達していたとは考えていなかった。

歯の年代の特定は容易ではなかった。
この化石には放射性炭素(5万年でほぼ消滅する)が含まれていなかったのだ。
そこで研究チームは、化石が含まれていた地層の上に堆積した方解石堆積物の年代測定を行った。
その結果、この化石が少なくとも8万年より古く、また同時に発見された動物化石が更新世後期(約12万~1万年前)によく見られるものであることから、
このヒトの歯がおそらく12万~8万年前のものであるという結論に達した。


日本最古とみられる約12万年前の旧石器が出土した島根県出雲市の砂原遺跡について、同遺跡学術発掘調査団の団長で、
同志社大の松藤和人教授は23日、都内で開かれた日本考古学協会総会で
「国内最古級の石器であることには変わりないが、年代は約12万年前から7万年前までの可能性が出てきた」と発表した。
松藤教授によると、12万7千年前ごろにできた地層の上に石器が出土した地層があり、その層のすぐ上にあった火山灰層は、
昨年の記者会見では三瓶木次層(約11万年前)と発表していたが、分析の結果、三瓶雲南層(約7万年前)と判明したという。

旧石器発掘捏造(ねつぞう)問題とは無関係な遺跡の金取遺跡(岩手県遠野市)では国内最古級の9万~5万年前の石器が出土している。

松藤教授は「前回は発掘面積も狭かった。今後さらに石器や地層を調査したい」としている。


❶の記事・・・ホモ・サピエンスが約10万年前には中国に到達していたことが明らかになった。

とあり、すると、人類がアフリカを出た年代を竹田さんは6万年前とおっしゃっているが、もう少し古く修正する必用がでてきた。

❷の記事・・・砂浜遺跡は12万年前から7万年前の可能性がでてきた。

中国にホモサピエンスが到達したのが10万年前で、砂原遺跡が7万年前なら、7万年前の砂原遺跡もホモサピエンスのものという可能性もあるのではないだろうか。

今後の研究に注目したい。

※追記

ある方からコメントを戴いて、次の記事を紹介していただいた。(ありがとうございます!)

現生人類、5万年前以降にに中国南部に出現か 最新研究で解明
2021年2月13日 19:30 発信地:中国 [ 中国 中国・台湾 ]
新華社
現生人類、5万年前以降にに中国南部に出現か 最新研究で解明‹ ›

【2月13日 Xinhua News】中国の南京大学の孫雪峰(Sun Xuefeng)副教授率いる国際共同研究チームはこのほど、解剖学的現代人(現生人類)が中国南部で出現した時期について、5万年以内の可能性があるとの研究成果を発表した。同大学が12日、明らかにした。

 論文の共同筆頭著者である孫氏によると、研究チームは中国南部にある洞窟5カ所(湖北省鄖西県の黄竜洞、同省建始県の楊家坡洞、同省宜昌市の三遊洞、広西チワン族自治区田東県の陸那洞、湖南省道県の福岩洞)を調査。研究者は詳細な地形・層序学的調査を行い、洞窟内の未固結堆積物や石灰質堆積物、哺乳類の化石、人類の化石を総合的に年代測定するとともに、上海市の復旦大学と協力して人類化石の古代DNAを分析した。

 その結果、5カ所の洞窟から採取した未固結堆積物と石灰質堆積物に比べ、哺乳類化石の堆積物の大半が比較的遅く形成されたことが判明した他、放射性炭素年代測定や古代DNA解析の結果、化石人類の年代も5万年前を超えないことが明らかになった。

 孫氏は、中国南部のカルスト地形にある洞窟で見つかった古人類遺跡の大半が、水流による浸食や再堆積など複雑な過程を経て形成されたと説明。上部の石灰質堆積層が下部の化石層を覆っているのは、堆積過程で形成された「偽の覆い」の可能性があり、新しい地層の上に古い地層がかぶさる「地層の反転」が起きやすい傾向があったと指摘した。

 孫氏はさらに「こうした状況下で、従来の年代測定法を用いても化石人類の年代を正確に特定できない。ここ数年の国際的な研究では、現生人類は7万年前から13万年前に中国に出現していたとされているが、今回の研究は学術的論争に重要な年代学的証拠を提供することとなる」と語った。


私は上に下記の記事を引用した。

「中国南部の洞窟で出土した歯化石によって、
ホモ・サピエンスが約10万年前には中国に到達していたことが明らかになった1。


この記事は2015年のものだが
ご紹介いただいた記事は、2021年のものであり、どうやら新生人類が中国に到達したのは、5万年前以降と修正されたようだ。

シロウトが書いているブログなので、間違い、情報が古いなどいろいろあると思います(汗)
何かお気づきの点があれば、どんどんコメントいただけると嬉しいです。


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[ 2023/08/06 04:41 ] [ 編集 ]

記事紹介ありがとうございました。
ブログに追記を書いておきました。
これからもお気づきの点はドンドン指摘いただけますと勉強になります。
[ 2023/08/06 09:36 ] [ 編集 ]

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