建部綾足『漫遊記』より「野もりという虫」
①妖怪・野守虫
野守虫という妖怪がいる。
信州松代(現在の長野県長野市)に現れたという妖怪で
全長1丈(約3メートル)、6本の脚、脚それぞれに6本の指があり、胴は桶のように太く、頭や尾は細いのだという。
若者が、2人連れで山へ柴刈りにいったところ、野守虫に襲われて野守虫を殺したが
父親は「それは山の神だ。必ず祟られる」といい、若者は家から追い出された。
数日後、ヘビの死体が異臭を発し、若者にその臭いが移って頭痛になった。
医者は「貴方が殺したのは野守という虫だ」といった。
3年後に若者は、国で禁じられた山で木を盗んだ罪で処刑された。
人々は、野守を殺した祟りと噂した。
⓶能「野守」
能に「野守」という演目がある。
「野守虫」と関係があるかもしれないので、あらすじをみてみよう。
大和の春日野に鏡のように美しい池があった。
山伏は春日野の番人の老人にこの池の謂れを尋ねると、老人は次のように答えた。
「私のような野守が姿を映すので、この池を“野守の鏡”というが、もともとは昔この野に住む鬼が持っていた鏡のことを野守の鏡といった。
昔、御狩の際に鷹の行方が判らなくなったが、野守が指し示したこの池の水に鷹の姿が映ったことがあった。」
山伏が「見てみたい」と言うと、老人は「鬼神の鏡を見るのは恐ろしいのでこの水鏡をごらんなさい」といい、鬼が棲んでいた塚に姿を消した。
山伏が塚に向かって祈ると、鏡を持った鬼神が現れ、天界から地獄の底までを見せてくれた。
③氷室神社の鷹乃井と鏡池
氷室神社の境内に鷹乃井がある。
氷室神社 鷹乃井
この鷹乃池の向こう側には鏡池がある。
氷室神社 鏡池
氷室神社の鷹乃井や鏡池はこの能と何やら関係がありそうだ。
春日野とは奈良市の東大寺・春日大社付近に広がる野のことだが、
氷室神社は東大寺の南にあり、住所も春日野町だ。
もしかすると、能・野守に登場する春日野の鏡池とは氷室神社境内にある鏡池のことかもしれない。
(東大寺大仏殿の南にも鏡池という池があるが)
④野守とは「男女関係を見張る人」の比喩?
「野守」といえば、額田王が大海人皇子に送った次の歌を思い出す。
あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る/額田王
(紫草の生えた野で、野守に見られてしまうではないですか。あなたが私に袖を振っているのを。)
天智天皇・大海人皇子(のちの天武天皇)・額田王は三角関係だったとする説がある。
すると野守とは「男女関係を見張る人」の比喩であるように思われる。
⑤藤原弘嗣を祀る神社を何故鏡神社というのか?
奈良市高畑の新薬師寺の横に鏡神社があり藤原広嗣を御祭神としている。
ここは氷室神社からはそう離れていない。
鏡神社
藤原広嗣を祀る神社のことをなぜ鏡神社というのかと疑問に思っていたが、能「野守」からその疑問がとけたような気がした。
藤原広嗣は740年に九州で「藤原広嗣の乱」をおこしたが、敗れて殺された。
『今昔物語集』『源平盛衰記』によれば、
当時の権力者・橘諸兄が重用していた僧の玄昉が光明皇后と密通し、それを広嗣が見咎め、これが乱を引き起こす原因のひとつになったと記されている。
能・野守に登場する鬼神とは藤原広嗣のことで、鬼神が持つ鏡には玄昉と光明皇后が逢引する様子が映っているのではないだろうか。
それゆえ、広嗣を祀る神社を鏡神社と言うのではないかと思ったりする。
境内に鷹乃井や鏡池がある氷室神社も広嗣と関係がある神社なのかもしれない。
氷室神社 しだれ桜
⑥野村虫の正体は男女の仲を映し出す鏡?
ここでもう一度、妖怪・野守虫のあらすじをみてみよう。
若者が、2人連れで山へ柴刈りにいったところ、野守虫に襲われて野守虫を殺したが
父親は「それは山の神だ。必ず祟られる」といい、若者は家から追い出された。
数日後、ヘビの死体が異臭を発し、若者にその臭いが移って頭痛になった。
医者は「貴方が殺したのは野守という虫だ」といった。
3年後に若者は、国で禁じられた山で木を盗んだ罪で処刑された。
人々は、野守を殺した祟りと噂した。
能・野守を踏まえて考えてみると、2人連れとあるのは、若者は女性と山にいったということかもしれない。
父親は、若者が殺した妖怪を「山の神」といっている。
山の神とは妻のことをいう言葉でもある。
つまり、若者は人妻と山で逢引をしていたということではないだろうか。
野守虫は「全長1丈(約3メートル)、6本の脚、脚それぞれに6本の指があり、胴は桶のように太く、頭や尾は細い」という身体的特徴をもっているが
桶は下のような丸い形をしており、神社などに置かれている鏡ににている。
また桶の中に水をはると、水鏡となって周囲のものをその中に映す。
妖怪・野守虫は鏡の妖怪なのではないか。
若者は父親に家から追い出されている。
若者の父親は男女関係を映し出す鏡に、息子の人妻との逢引が映し出されるのを見たのだろう。
若者は野守虫を殺したが、それは若者が、人妻との逢引をとがめた自分の父親を殺したということだと思う。
そして若者は、3年後に国で禁じられた山で木を盗んだ罪で処刑されているが、山の木とは山の神、人妻を盗んだ罪ということだと思う。
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