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太陽の木 と 月の木㉔ 耳の悪い神


①本殿のない物部氏の祭祀スタイルと榎木の神

前回の旅で、私たちは次のようなことを見てきた。
前回、書き忘れたこともあったので(すいません)ここにまとめておきたいと思う。

❶長野県の諏訪大社は本殿がない。

❷諏訪大社は奈良県の大神神社に倣って本殿のない神社としたと、『上宮鎮坐秘伝記』に記述がある。

❸大神神社には拝殿のみあって、本殿がない。

❹肩野物部氏の本拠地であった大阪府枚方市・交野市にも本殿や社殿がなく、拝殿のみという神社がいくつかある。
(妙見宮、磐船神社、片埜神社の境外社・瘡神社 など)

❺物部氏は本殿をつくらない祭祀スタイルの様に思える。

❻諏訪大社もまた、物部氏の神なのか?

❼代々、諏訪大社上社の大祝を務めてきた一族・諏訪氏は大神氏(大物主を祖神とする)の同族ではないかとする説もある。

❽磐船神社の御祭神・ニギハヤヒは先代旧事本紀では天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあまのほのあかりくしたまにぎはやひのみこと)と記されている。
そして大神神社の御祭神・大物主神は正式名称を 倭大物主櫛甕魂命といい
櫛と魂(玉)が一致するので、二神は同一神ではないかとする説がある。

とすれば、大物主神の「物」は「物部氏の物」で、大神神社は物部氏の神ということになる。

❾諏訪大社のご神体は守屋山で、物部守屋が鎮座する山の様に思える。

❿和歌山県・丹生酒殿神社摂社の鎌八幡宮、兄井の鎌八幡宮(元鎌八幡)、大阪の鎌八幡(円珠庵)にも本殿(社殿)がない。これらも物部氏が祀る神社なのかもしれない。

⓫兄井の鎌八幡(元鎌八幡)の隣には❶の諏訪大社から勧請した諏訪明神社があるが
 ❶で書いたように、諏訪大社には本殿がなく物部氏が祭祀する神社の様に思える。(ただし、兄井の諏訪明神社には社殿はある)

⓬大阪堀川戎神社は物部守屋の本拠地であった大阪にあり、境内に榎木稲荷神社がある。
榎木稲荷神社とは榎木の樹の上で指揮を執っているところを弓矢で射られてしんだ物部守屋の霊を祭る神社ではないか。
大阪の鎌八幡の御神木は榎木であり(和歌山の2か所の鎌八幡の御神木はイチイガシ)
大阪鎌八幡も物部守屋の霊を祭っているように思える。


⓶えべっさんは耳が悪いので社殿の裏を叩いて参拝する。

かなり鎌八幡の正体が見えてきた気がするが(気のせいかもw)
もうひとつ、思うところがあるので書いておこうと思う。

えべっさん(蛭子神)は耳が悪いと言われ、えべっさんに聞こえるように社殿の裏を叩いて参拝する習慣が
大阪の今宮戎神社、佐太神社、京都の京都ゑびす神社などにある。

蛭子神=耳が悪い

京都ゑびす神社

京都ゑびす神社

③榎本の神も耳が悪い。

奈良・春日大社にある榎本神社の神、榎本明神も耳が悪いと言われ、次のような伝説がある。

榎本の神はタケミカヅチに『土地を三尺譲ってほしい』といわれ、承諾した。
ところがタケミカヅチの言う三尺とは地下三尺という意味だった。
榎本の神は広大な神域をタケミカヅチに奪われた。
榎本の神を祀る祠は春日大社本殿のそばにあるが、榎本の神は耳が遠いので、柱を叩き、祠を回って参拝する習慣がある。

蛭子神と榎本の神は同一神なのかもしれない。

蛭子神=榎本の神=耳が悪い

榎本神社

榎本神社

④榎本の神=猿田彦=ニギハヤヒ?

榎本神社の御祭神は猿田彦である。
記紀によれば、猿田彦は「高天原から葦原中国までを照らす神」だと記されているが、これにぴったりな神名を持つ神がいる。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてる くにてる ひこ あめのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)である。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊というのは先代旧事本紀の記述で、記紀では単に、ニギハヤヒとなっている。
ニギハヤヒは物部氏の祖神である。
榎本の神は物部氏の神ではないだろうか。

榎本の神=猿田彦=天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(ニギハヤヒ)=物部氏の神
∴蛭子神=榎本の神=耳が悪い=物部氏の神

⑤榎木稲荷神社は守屋を祀る神社?

堀川戎神社には、拝殿の後ろを叩いて参拝する習慣はない。
しかし、摂社に榎木稲荷神社がある。
榎木稲荷神社は1839年に堀川戎神社に遷宮されたが、
遷宮されたのは、堀川戎神社と榎木稲荷神社、それぞれに祀られている神が同一神であるとの認識が、当時の人々にはあったためではないだろうか。

蛭子神=榎木の神?

榎木稲荷神社3

榎木稲荷神社

そして私は、榎木稲荷神社に祭られている神は物部守屋ではないかと考えている。

その理由は次の2点である。
❶堀川戎神社のは大阪にあり、その摂社に榎木稲荷神社がある。大阪は守屋の土地であったと考えられる。
❷守屋は榎木の枝で戦の指揮をとっているところを弓矢で射られてしんだ。

蛭子神=榎木の神=物部守屋
∴蛭子神=榎本の神=榎木の神=耳が悪い=物部氏の神=物部守屋

さらに
榎本の神と榎木稲荷神社の漢字表記は横棒があるかないかの違いしかない。 

榎本の神=榎木の神
∴蛭子神=榎本の神=榎木の神=耳が悪い=物部氏の神=物部守屋

このように考えていくと、鎌をエノキにつきたてて祈願する習慣のある大阪の鎌八幡(円寿庵)は、やはり物部守屋の霊を祭っているように思える。

鎌は三日月のように見える。
そして冬至に向かって落葉する榎木は、冬至に向かって衰えていく冬の太陽をあらわしているようである。

その榎木は、物部守屋の霊の宿る木であり、そこに鎌がつきたてられているのであるが、鎌は三日月ににている。
弓もまた三日月に似ているが、物部守屋は榎木の上で指揮を執っているところを弓で射られて死んだのだった。
太陽神・物部守屋は月の神である弓矢で殺されたということにならないだろうか。



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