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太陽の木 と 月の木㉓物部氏は本殿をつくらない?




①物部氏の祭祀スタイルは本殿をつくらない?

前回、長野県の諏訪大社についてのウィキペディアの記事をご紹介した。
その中に、次のような内容があった。

❸守屋山を上社のご神体とする最古の文献は天文22年(1553年)の『上宮鎮坐秘伝記』。
現代語訳すると、だいたい、こんな意味になると思う。
「古記によれば、神の岩隠が諏方国鎮座したとき、宮社を造らず、拝殿のみをたて、山をご神体とした。
諏訪明神(建御名方神)の父神、大和国三輪の大神神社に倣って創建された。神の和魂・陰霊鎮座したところである。」

この大神神社には何度が参拝したことがある。

大神神社 茅の輪

上の写真は大神神社の拝殿を撮影したものである。
通常、拝殿の向こう側に本殿があるのだが、大神神社には拝殿しかない。
拝殿から直接ご神体の三輪山を拝するという祭祀スタイルである。

また、大阪府枚方市・交野市にも本殿や社殿がなく、拝殿のみという神社がいくつかある。
星田妙見宮、磐船神社、片埜神社の境外社・瘡神社 などである。

星田妙見宮

星田妙見宮

磐船神社

磐船神社

瘡神社

瘡神社

上3枚の写真の写っている建物は全て拝殿であって、社殿ではない。

そして大阪府枚方市・交野市あたりは肩野物部氏の本拠地であったところで、磐船神社では物部氏の祖神・ニギハヤヒを祀っている。

どうも、物部氏は本殿をつくらない祭祀スタイルであるように思える。
すると、本殿をつくらない諏訪大社もまた、物部氏の神を祀るのではないかと思える。

そして、諏訪大社は
❶上社本宮には本殿がなく、本宮の神体は守屋山とする説がある。
ということだった。

やはり諏訪大社は物部守屋を祀る神社の様に思える。

⓶鎌八幡にも社殿がない。

ここまで書いて気がついたのだが、そういえば、3か所の鎌八幡(丹生酒殿神社境内社、兄井、円珠庵)にも、社殿がなかった。

丹生酒殿神社 鎌八幡 鳥居

丹生酒殿神社 境内社 鎌八幡宮 

鎌八幡宮2

兄井 鎌八幡宮(元鎌八幡)

円珠庵の境内は写真撮影禁止だが、社殿はなかった。

鎌八幡も物部氏に関連する神社なのではないかと思える。

③物部氏の祖神・ニギハヤヒと大物主は同一神?

磐船神社の御祭神・ニギハヤヒは先代旧事本紀では天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあまのほのあかりくしたまにぎはやひのみこと)と記されている。

そして大神神社の御祭神・大物主神は正式名称を 倭大物主櫛甕魂命といい
櫛と魂(玉)が一致するので、二神は同一神ではないかとする説がある。

とすれば、大物主神の「物」は「物部氏の物」で、大神神社は物部氏の神ということになる。

③布都御魂は月の神?

大神神社から山辺の道を北に向かうと石上神宮がある。
石上神宮は物部氏の祭祀する神社で、布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)をご神体としている。

現在、石上神宮には本殿があるが、これは1913年につくられたもので、それ以前には本殿は存在せず
拝殿の奥の禁足地「布留高庭」をご神体としていた。

布留高庭には神宝が埋められていると伝わっており、発掘調査したところ、布都御魂剣や曲玉などが出土した。
この布都御魂剣のレプリカの写真が下記サイトに掲載されている。


刃の部分が内側に曲線を描く珍しい形をしている。これは三日月に似ている。

石上神宮の南にある大神神社のご神体は三輪山だが、1月ごろ、三輪山から太陽がのぼってくる。

三輪山

三輪山

もしかすると、石上神宮は月、大神神社は太陽に擬えられているのかもしれない。

陰陽道の宇宙観では、東を太陽の定位置、西を月の定位置、中央を星とするのだった。
石上神宮は北、大神神社は南で方角が90度ずれているが、北野天満宮の三光門も90度ずれていて
月が北、太陽が南、中央が星となっていた。

三光門 図2

石上神宮が月、大神神社が太陽とすると中央の星は何か。
石上神宮と大神神社の間には、巻向古墳群とよばれる多くの古墳がある。
もしかすると、この古墳が星だろうか?

と考えたが、これはこじつけっぽいかもしれないw

 

巻向古墳群はJR柳本周辺。
下記ブログ記事に掲載されている地図がわかりやすい。



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