FC2ブログ












小野小町は男だった⑦ 妙性寺縁起 『語呂合わせで神格が変わる神』 

小野小町は男だった⑥ 小野小町は衣通姫の流なり 『小野小町は和魂だった?』  より続く

①ひょっとこは火男?


京都のお盆の風物詩・六斎念仏の演目に『祇園囃子』がある。
『祇園囃子』は祇園祭で奏される御囃子で、祇園祭ではゆっくりとしたテンポで奏されるが、六斎念仏の『祇園囃子』はテンポがはやい。
繰り返される激しいリズムはどこかヘビーメタルに似ていて、なぜか気分が高揚してくる。

京都には数多くの六斎会があり、たいていの六斎会で『祇園囃子』を行っているが、内容は六斎会によって違っている。
梅津六斎の『祇園囃子』にはひょっとことおかめが登場する。

まずひょっとこが登場して手に持った巻物を広げると『火の用心』と書いてある。

梅津六斎 祇園囃子 ひょっとこ

岩手県奥州氏の江刺地方の民話に『ヒョウトク』というヘソから金を生む奇妙な顔をした子供の話が伝わっている。

強欲な婆さんがヒョウトクのへそを火箸でぐりぐりといじったためにヒョウトクは死んでしまった。
ヒョウトクをかわいがっていた爺さんはヒョウトクの死をそれは悲しんだ。
そんな爺さんの夢枕にヒョウトクが立ち、『自分の顔の面を竈の前の柱にかけておけば裕福になるだろう』と告げた。
そのとおりにしたところ、爺さんは大金持ちになった。


ひょっとこは口が徳利のようであることから『非徳利』が転じてひょっとこになったという説もあるが
上の伝説に登場するこのヒョウトクが訛ったものだとか、竈(かまど)の火を竹筒で吹く『火男』が訛ったとする説もある。

ヒョウトクのお面は竃の前の柱にかけられるので竃の神、火の神だと考えられる。
ヒョウトクとは火男と言ってもよく、ヒョウトクという名前は火男が訛ったのかもしれない。

②ヒョウトクはなぜへそから金を産むのか。

昔、竃で火を焚くとき、火力を強くするためには火吹竹で息を吹いて空気を送り込んでいた。
ひょっとこのとがらせた口は火吹竹を吹いているような形に見える。

川などで採取した砂金は高温で熱して液体にしたのち、型に流し込んで冷やし固めていたようである。
高温で熱するには強い火力が必要なので、ふいごなどで風が送り込まれた。

ひょっとこには火と風のイメージがある。
そういったところから、ひょっとこと金の鋳造は結び付けられ、そこから「ヘソから金を生む」などという話が作られたのではないだろうか。

梅津六斎 祇園囃子 ひょっとこ

③柿本人麻呂、語呂合わせで防火の神・安産の神となる。

ひょっとこが退場したあとも祇園囃子の激しいリズムが続く。
そして、舞台上にはおかめが登場した。

おかめはお腹が大きく膨らんだ妊婦さんの姿をしている。

梅津六斎 祇園囃子 おかめ


これを見て私は和歌三神の一柱、柿本人麻呂を思い出した。
前回、和歌三神の一柱であると説明した歌人である。(残る二柱は住吉明神と衣通姫または玉津島姫)

人麻呂は人丸(ひとまる)とも呼ばれたが、「火止まる」の語呂合わせで防火の神、「人産まる」の語呂合わせで安産の神へと神格を広げたというのだ。

すると梅津六斎の『祇園囃子』に登場した『火の用心』の巻物を持ったひょっとこは防火の神、妊婦の姿をしたおかめは安産の神ということなのだろう。
④スサノオと柿本人麻呂は習合されている?

祇園祭 花笠巡行 久世六斎

祇園祭 花笠巡行 久世六斎 後ろに見えているのは八坂神社の楼門


祇園囃子は祇園祭で奏されるお囃子である。
祇園祭は京都八坂神社の祭礼で、八坂神社の御祭神はスサノオである。

貴船神社 貴船祭 出雲神楽

貴船神社 貴船祭 出雲神楽 スサノオと八岐大蛇 後方にクシナダヒメの姿が見える。


祇園祭はスサノオを慰霊する祭礼だといえる。
それなのに、なぜ六斎念仏の『祇園囃子』に防火の神と安産の神が登場するのだろうか。
これではまるで祇園祭は柿本人麻呂を慰霊する祭のようではないか。

スサノオはクシナダヒメと新婚生活を送る場所を求め、根之堅洲国の須賀へやってきて
八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を
と詠んだ。

この和歌は日本初の和歌だとされ、スサノオは和歌の神とされており、和歌の神としても信仰されている。
スサノオを祀る八坂神社で正月に「かるた始め」の行事が行われているのは、スサノオが和歌の神でもあるためだという。

八坂神社 かるた始め 

八坂神社 かるた始め

スサノオと柿本人麻呂は習合されており、そのため祇園囃子という演目に防火の神(ひとまる=火止まる)や安産の神(ひとまる=人産まる)が登場するのではないだろうか。

祇園祭 山鉾巡行

祇園祭 函谷鉾、四条傘鉾、月鉾

祇園祭 山鉾巡行 船鉾

祇園祭 船鉾

⑤妙性寺縁起の語呂合わせ


妙性寺縁起には小野小町の伝説が伝えられているが、語呂合わせで神格を広げた柿本人麻呂の話に似ている。

晩年、小町は天橋立へ行く途中、三重の里・五十日(いかが・大宮町五十河)に住む上田甚兵衛宅に滞在し、「五十日」「日」の字を「火」に通じることから「河」と改めさせた。
すると、村に火事が亡くなり、女性は安産になった。
再び天橋立に向かおうとした小町は、長尾坂で腹痛を起こし、上田甚兵衛に背負われて村まで帰るが、辞世の歌を残して亡くなった。

九重の 花の都に住まわせで はかなや我は 三重にかくるる
(九重の宮中にある花の都にかつて住んだ私であるが、はかなくも三重の里で死ぬのですね。)
後に深草の少将が小町を慕ってやってきたが、やはり、この地で亡くなった。
(妙性寺縁起)


五十日→五十火→火事になる→五十河→河の水で火が消える→火止まる→ひとまる→人産まれる

このような語呂合わせのマジックで村の火事はなくなり、女性は安産になったというわけである。

⑥日の神とは火の神と同一神


前回、私は次のようなことを述べた。

神はその表れ方によって御霊(神の本質)・和魂(神の和やかな側面)・荒魂(神の荒々しい側面)の3つに分けられ、和魂は女神で荒魂は男神とする説がある。
とすれば御霊は男女双体である。

住吉明神とは底筒男命、中筒男命、表筒男命、息長足姫命の総称である。
その名前から考えて底筒男命、中筒男命、表筒男命は男神である。
そして息長足姫命とは神宮皇后のことで女神である。
つまり、住吉明神とは三柱の男神と一柱の女神からなる神である。
女神が一柱であるのに対し、男神が三柱あるのは一柱の男神をさらに御霊・荒魂・和魂とわけたのだろうか、と。

御霊・・・神の本質・・・・・・・・・・男女双体・・・住吉明神(底筒男命、中筒男命、表筒男命+息長足姫命)
和魂・・・神の和やかな側面・・・・・・女神・・・・・衣通姫
荒魂・・・神の荒々しい側面・・・・・・男神・・・・・柿本人麻呂


さらに、御霊とは和霊と荒霊の男女双体と考えられるので、衣通姫と息長足姫命は同一神、柿本人麻呂と底筒男命、中筒男命、表筒男命は同一神ということになる。

衣通姫=息長足姫命
柿本人麻呂=底筒男命、中筒男命、表筒男命

下呂温泉 飛騨街道 道祖神?

下呂温泉 道祖神

また道祖神はサルタヒコとアメノウズメの男女双体の神だが、ニニギはアメノウズメに「サルタヒコを伊勢まで送るように」と命じている。
伊勢には伊勢神宮があって天照大神を祀っている。
つまり、サルタヒコと天照大神は同一神だと考えられる。

そして和魂である河の神はイチキシマヒメや弁財天など女神と相場が決まっている。
すると、荒魂である火の神は男神だと考え、したがって、次のような関係になると考えた。

御霊・・・神の本質・・・・・・・男女双体・・・・・住吉明神(底筒男命、中筒男命、表筒男命+息長足姫命)・・・星の神
和魂・・・神の和やかな側面・・・女神・・・・・・・衣通姫・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・月の神
荒魂・・・神の荒々しい側面・・・男神・・・・・・・柿本人麻呂・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日の神

太陽と月が重なるのは日食である。
日食になると夜のように暗くなり、明るい星であれば見る事もできるそうである。

日の神と月の神が重なると、星の神が登場するというわけである。
日の神と月の神が結婚すると星の神になると言ってもいいだろう。

小町は「五十日」「日」の字を「火」に通じることから「河」と改めさせている。
つまり日の神は火の神と同一神、月の神は河の神と同一神だと考えられる。

陰陽思想で見ても、火は男や太陽と同じ陽、水(河)は女や月と同じ陰である。

御霊・・神の本質・・・・・・男女双体・・住吉明神(底筒男命、中筒男命、表筒男命+息長足姫命)・・・星の神
和魂・・神の和やかな側面・・女神・・・・衣通姫・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・月の神=河の神
荒魂・・神の荒々しい側面・・男神・・・・柿本人麻呂・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日の神=火の神

御霊・・神の本質・・・・・・男女双体・・住吉明神・・・スサノオ+クシナダヒメ・・おかめ+ひょっとこ・・星の神
和魂・・神の和やかな側面・・女神・・・・衣通姫・・・・クシナダヒメ・・・・・・・おかめ・・・・・・・・月の神=河の神
荒魂・・神の荒々しい側面・・男神・・・・柿本人麻呂・・スサノオ・・・・・・・・・ひょっとこ・・・・・・日の神=火の神



⑦スサノオは星の神だった?

祇園祭は八坂神社の祭礼だが、八坂神社の御祭神のスサノオは記紀ではスサノオはイザナギに「大海原をおさめよ」と命じられていたり、黄泉の王として登場したりいまひとつ神格がはっきりしない神である。

船場俊昭氏は「スサノオ(素戔嗚尊)とは輝ける(素)ものを失い(戔う/そこなう)て嘆き悲しむ(鳴/ああ)神(尊)」という意味で、はもとは星の神であったとしておられる。

また、イザナギの左目から天照大神が、右目から月読命が、鼻からスサノオが生まれたとされるが、陰陽道の宇宙観では、東(左)を太陽の定位置、西(右)を月の定位置、中央を星としている。

地図では東が右で西が左だが、正しくは東は向かって右、西は向かって左である。
地図の側にたてば東が左で西が右になる。

イザナギの顔は宇宙に喩えられているのだ。
すなわち、イザナギの顔の中央にある鼻から生まれたスサノオは星の神だと考えられる。

しかし、正確には⑥であげた図に従うべきだと思う。

御霊・・神の本質・・・・・・男女双体・・住吉明神・・・スサノオ+クシナダヒメ・・おかめ+ひょっとこ・・星の神
和魂・・神の和やかな側面・・女神・・・・衣通姫・・・・クシナダヒメ・・・・・・・おかめ・・・・・・・・月の神=河の神
荒魂・・神の荒々しい側面・・男神・・・・柿本人麻呂・・スサノオ・・・・・・・・・ひょっとこ・・・・・・日の神=火の神


上の図に従えば、正確にはスサノオとクシナダヒメの男女双体が星の神だったというべきだろう。


貴船神社 貴船祭 出雲神楽 
貴船神社 貴船祭 出雲神楽 スサノオと八岐大蛇 後方にクシナダヒメの姿が見える。



小野小町は男だった⑧ 雨乞い小町 『小野小町は弁財天・イチキシマヒメ・善女竜王と習合されている。』 へつづく~
トップページはこちら → 小野小町は男だった① 小野小町はなぜ後ろを向いているのか 

 
※まとめサイトなどへ無断で転載することはおやめください。

訪問ありがとうございました!



にほんブログ村



関連記事
スポンサーサイト

[2017/05/20 18:45] 小野小町は男だった | トラックバック(-) | コメント(-)