目のない白蛇 (龍泉寺)

●目のない白蛇
洞川温泉に龍泉寺というお寺があり、次のような伝説がある。
昔、龍泉寺で働く男が村に住んでいた。
そこへ若い女が「一晩泊めてください」と言ってやってきた。
女はそのまま男の家に住みつき、ふたりは夫婦となり、子供が生まれた。
女は「子供にお乳を飲ませたり、添い寝する姿を見られるのが恥ずかしいので、家に帰ったときは必ず声をかけてください。」と男に告げた。
しかしあるとき、男は声をかけずに家の中に入った。
すると大きな白蛇が赤ん坊に添い寝していた。
「私は龍泉寺の池に住む蛇です。正体を知られたからにはもう夫婦ではいられません。
子供が泣いたらこれをなめさせてください。」
蛇はそういって自分の目玉をくりぬいて男に渡した。
子供は目玉をなめて育ったが、とうとうなめ尽くしてしまった。
すると龍泉寺の龍の口から白い蛇が現れ、もう片方の目玉を子供に与えた。
「私は、両目ともなくなってしまって二人の姿を見ることができないので、朝と夕にお寺の鐘を鳴らしてください。
その音を聞いて、二人のことを思い出します」
白蛇はこう言い残して消えた。
龍泉寺の近くには面不動鍾乳洞や五代松鍾乳洞がある。
鍾乳洞などの洞窟には洞穴生物(洞窟生物)が住んでいるケースがある。
洞穴生物は白っぽい色をしており、目がないものが多い。
龍泉寺の目のない白蛇伝説はこの洞穴生物をモチーフとして創作されたものなのではないだろうか。
洞川温泉という名前も、洞窟からくるのかもしれない。
●黄泉比良坂
そして龍泉寺の白蛇伝説から、私は記紀神話のイザナギといザナミの物語を思い出す。
イザナギは死んでしまった妻・イザナミを迎えに黄泉の国へいき、「愛する妻よ、国つくりはまだ終わっていない。一緒にもとの世界へ戻ってきてはくれないか」と頼んだ。
これに感激したイザナミは「黄泉の大王に相談するので、少し待ってください。その間決して振り返って私の姿をみないでくださいね」と言った。
しかしイザナギは我慢できなくなって振り返り、イザナミの姿を見てしまう。
イザナミの身体は腐り、蛆がわいていた。
それを見たイザナギは怖くなり、一目散に逃げ出した。
女が「姿を見ないでほしい」といったのに、男は約束を破ってその姿を見てしまうという点で、ふたつの物語は共通している。
イザナギとイザナミの神話は次のように続く。
イザナミは怒って黄泉の国の醜女にイザナギを追わせた。
イザナギが頭に付けていた黒い木のつるで作った輪を投げつけると、山葡萄が生えた。
醜女がやまぶどうを食べているうちにイザナギは逃げたが、醜女はまた追いかけてきた。
そこでイザナギは櫛の歯を折って投げつけた。
するとタケノコが生えた。
イザナギは醜女がタケノコを食べているすきに逃げた。
イザナミは黄泉の国の千五百もの化け物たちの軍隊を動員して後を追わせた。
イザナギは黄泉比良坂(黄泉の国の入り口へと降りる坂)までやってきて、そこに生えていた桃の木から身をもぎとって投げつけると化け物たちはみな逃げて行った。
山葡萄や筍が生えたというのが興味深い。
私はこの記述は鍾乳洞のようすを描いたものなのではないかと思う。
鍾乳洞には「ケイブパール」といって、丸い鍾乳石が見られる。
天井からしたたり落ちる水滴が水中の中の石を動かし、石と石がこすれることによって丸い形になる。
これが山葡萄の正体ではないか。
また「石筍」といって、下から柱のようにそそり立つ鍾乳石も見られる。
石筍はその字のとおり、筍のような形をしている。
これが筍の正体ではないだろうか。
昔の人は鍾乳洞をこの世とあの世を結ぶ道であると考えたのだと思う。
洞川温泉のあたりは、この世とあの世を結ぶ土地だと考えられ、龍泉寺の白蛇伝説は上記のイザナギとイザナミの物語をベースに作られたものだと私は思う。
●大峰山は黄泉の国
龍泉寺を出ると、東の方向に大峰山(山上ヶ岳)の姿が見えていた。
大峯山は修験道の修行の地であり、そのふもとにある洞川温泉のあたりは古くより宿場町として栄えていた。(温泉は近年ボーリングで掘り当てたものであるが)
鍾乳洞で有名な洞川温泉が黄泉の国への入り口であれば、大峯山は黄泉の国そのものという認識が古の人にはあったことだろう。
記紀神話に次のような物語がある。
大国主が根の国(黄泉の国)へ行き、根の国の大王・スサノオから様々な試練を与えられるが、最後にはスサノオから娘のスセリヒメと、刀と知恵を授かってこの世に戻る。
京都の法輪寺では4月13日に十三詣が行われている。
十三詣は13歳になった子供が法輪寺にお参りする行事だが、別名「知恵もらい」と呼ばれている。
法輪寺のご本尊・虚空蔵菩薩は知恵を授けてくださる神様として信仰されており、十三詣をすると虚空蔵菩薩より知恵を授かるといわれているのだ。
法輪寺の前には桂川が流れ、渡月橋がかけられている。
十三詣をした子供は渡月橋を渡りきるまで決して後ろを振り返ってはいけないという言い伝えがある。
後ろを振り返るとせっかく授かった知恵が台無しになってしまうのだと。
どうやら桂川は三途の川、その向こう側にある法輪寺はあの世に喩えられているらしい。
大峯山もまた法輪寺と同様、あの世に喩えられているのではないかと思う。
そして洞川温泉は黄泉の国への入り口だ。
明治まで神仏は習合されて信仰されていた。
スサノオと虚空蔵菩薩は習合されていたのだろう。
あの世である大峯山から戻ってくれば多大な知恵を授かる。
黄泉の国へいった大国主が黄泉の大王・スサノオよりスセリヒメと刀と知恵を授かってこの世に戻ってきたように。
大峯山修行はそういった信仰から生じたのではないだろうか。
洞川温泉に龍泉寺というお寺があり、次のような伝説がある。
昔、龍泉寺で働く男が村に住んでいた。
そこへ若い女が「一晩泊めてください」と言ってやってきた。
女はそのまま男の家に住みつき、ふたりは夫婦となり、子供が生まれた。
女は「子供にお乳を飲ませたり、添い寝する姿を見られるのが恥ずかしいので、家に帰ったときは必ず声をかけてください。」と男に告げた。
しかしあるとき、男は声をかけずに家の中に入った。
すると大きな白蛇が赤ん坊に添い寝していた。
「私は龍泉寺の池に住む蛇です。正体を知られたからにはもう夫婦ではいられません。
子供が泣いたらこれをなめさせてください。」
蛇はそういって自分の目玉をくりぬいて男に渡した。
子供は目玉をなめて育ったが、とうとうなめ尽くしてしまった。
すると龍泉寺の龍の口から白い蛇が現れ、もう片方の目玉を子供に与えた。
「私は、両目ともなくなってしまって二人の姿を見ることができないので、朝と夕にお寺の鐘を鳴らしてください。
その音を聞いて、二人のことを思い出します」
白蛇はこう言い残して消えた。
龍泉寺の近くには面不動鍾乳洞や五代松鍾乳洞がある。
鍾乳洞などの洞窟には洞穴生物(洞窟生物)が住んでいるケースがある。
洞穴生物は白っぽい色をしており、目がないものが多い。
龍泉寺の目のない白蛇伝説はこの洞穴生物をモチーフとして創作されたものなのではないだろうか。
洞川温泉という名前も、洞窟からくるのかもしれない。
●黄泉比良坂
そして龍泉寺の白蛇伝説から、私は記紀神話のイザナギといザナミの物語を思い出す。
イザナギは死んでしまった妻・イザナミを迎えに黄泉の国へいき、「愛する妻よ、国つくりはまだ終わっていない。一緒にもとの世界へ戻ってきてはくれないか」と頼んだ。
これに感激したイザナミは「黄泉の大王に相談するので、少し待ってください。その間決して振り返って私の姿をみないでくださいね」と言った。
しかしイザナギは我慢できなくなって振り返り、イザナミの姿を見てしまう。
イザナミの身体は腐り、蛆がわいていた。
それを見たイザナギは怖くなり、一目散に逃げ出した。
女が「姿を見ないでほしい」といったのに、男は約束を破ってその姿を見てしまうという点で、ふたつの物語は共通している。
イザナギとイザナミの神話は次のように続く。
イザナミは怒って黄泉の国の醜女にイザナギを追わせた。
イザナギが頭に付けていた黒い木のつるで作った輪を投げつけると、山葡萄が生えた。
醜女がやまぶどうを食べているうちにイザナギは逃げたが、醜女はまた追いかけてきた。
そこでイザナギは櫛の歯を折って投げつけた。
するとタケノコが生えた。
イザナギは醜女がタケノコを食べているすきに逃げた。
イザナミは黄泉の国の千五百もの化け物たちの軍隊を動員して後を追わせた。
イザナギは黄泉比良坂(黄泉の国の入り口へと降りる坂)までやってきて、そこに生えていた桃の木から身をもぎとって投げつけると化け物たちはみな逃げて行った。
山葡萄や筍が生えたというのが興味深い。
私はこの記述は鍾乳洞のようすを描いたものなのではないかと思う。
鍾乳洞には「ケイブパール」といって、丸い鍾乳石が見られる。
天井からしたたり落ちる水滴が水中の中の石を動かし、石と石がこすれることによって丸い形になる。
これが山葡萄の正体ではないか。
また「石筍」といって、下から柱のようにそそり立つ鍾乳石も見られる。
石筍はその字のとおり、筍のような形をしている。
これが筍の正体ではないだろうか。
昔の人は鍾乳洞をこの世とあの世を結ぶ道であると考えたのだと思う。
洞川温泉のあたりは、この世とあの世を結ぶ土地だと考えられ、龍泉寺の白蛇伝説は上記のイザナギとイザナミの物語をベースに作られたものだと私は思う。
●大峰山は黄泉の国
龍泉寺を出ると、東の方向に大峰山(山上ヶ岳)の姿が見えていた。
大峯山は修験道の修行の地であり、そのふもとにある洞川温泉のあたりは古くより宿場町として栄えていた。(温泉は近年ボーリングで掘り当てたものであるが)
鍾乳洞で有名な洞川温泉が黄泉の国への入り口であれば、大峯山は黄泉の国そのものという認識が古の人にはあったことだろう。
記紀神話に次のような物語がある。
大国主が根の国(黄泉の国)へ行き、根の国の大王・スサノオから様々な試練を与えられるが、最後にはスサノオから娘のスセリヒメと、刀と知恵を授かってこの世に戻る。
京都の法輪寺では4月13日に十三詣が行われている。
十三詣は13歳になった子供が法輪寺にお参りする行事だが、別名「知恵もらい」と呼ばれている。
法輪寺のご本尊・虚空蔵菩薩は知恵を授けてくださる神様として信仰されており、十三詣をすると虚空蔵菩薩より知恵を授かるといわれているのだ。
法輪寺の前には桂川が流れ、渡月橋がかけられている。
十三詣をした子供は渡月橋を渡りきるまで決して後ろを振り返ってはいけないという言い伝えがある。
後ろを振り返るとせっかく授かった知恵が台無しになってしまうのだと。
どうやら桂川は三途の川、その向こう側にある法輪寺はあの世に喩えられているらしい。
大峯山もまた法輪寺と同様、あの世に喩えられているのではないかと思う。
そして洞川温泉は黄泉の国への入り口だ。
明治まで神仏は習合されて信仰されていた。
スサノオと虚空蔵菩薩は習合されていたのだろう。
あの世である大峯山から戻ってくれば多大な知恵を授かる。
黄泉の国へいった大国主が黄泉の大王・スサノオよりスセリヒメと刀と知恵を授かってこの世に戻ってきたように。
大峯山修行はそういった信仰から生じたのではないだろうか。
洞川温泉・・・奈良県吉野郡天川村洞川
龍泉寺・・・奈良県吉野郡天川村洞川494
龍泉寺・・・奈良県吉野郡天川村洞川494

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