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「李氏朝鮮の庶民は箸を使っていなかった」というけど証拠の写真が不鮮明すぎる。 



http://nezu3344.com/blog-entry-4149.html



ねずさんが上の記事でこんなことを書いている。


①. キムチは日韓併合後に今の形になった歴史の浅い食品。

②キムチに用いる唐辛子は南米のチリ産。

③コロンブスが唐辛子をスペインに持ち帰り、戦国時代にスペインから日本に伝わった。

④秀吉の朝鮮出兵の際に唐辛子は塗り薬として朝鮮に伝わった。

⑤.1670年の朝鮮の「飲食知味方」に「漬け物としてのキムチ」が記されているが、唐辛子は用いられていない。

⑥1809年の「閨閤叢書」には漬物に千切りにした唐辛子を少量入れると書いてある。日本の漬物にも少量の唐辛子を入れることがある。

⑦.1827 年の「林園十六志」に現在のような辛いキムチの記述がある。

⑧1625年、江戸で七味唐辛子が発明され、日本中に広まった。

⑨1811年、半島通信使600名ほどが日本にやってこようとした。しかし彼らは道で脱糞するので徳川家斉は対馬藩で足とめとした。
 半島通信使らはこのとき七味唐辛子を持ち帰り、半島で唐辛子が流行るようになる。

⑩当時朝鮮半島の庶民は箸もスプーンも使わず手づかみで食べていた。

⑪朝鮮半島で、一般の庶民が食事の際に、箸やスプーンを使うようになったのは、明治43(1910)年以降。

⑫.日本が半島を統治した時代、総督府は何度も「路上脱糞禁止令」を出している。

⑬それまでの半島には、トイレがなく、路上脱糞があたりまえだった。

⑭.「路上脱糞禁止令」が出たので、路上で用を足せなくなり、室内に穴をほってするようになった。

⑮その地下に漬物の甕をおいておいたので、雨が降るとkの汚水が甕に入って回虫がわく。

⑯回虫の成虫を殺すため唐辛子をどっさり入れるようになった。

⑰名古屋の野崎徳四郎が大正時代の初め頃に白菜栽培に成功。これが朝鮮に伝わってキムチに用いられるようになった。


「⑩.当時朝鮮半島の庶民は箸もスプーンも使わず手づかみで食べていた。」とあり、
その証拠として「日韓併合前の半島庶民の食事(平壌)」という写真を掲載されている。

http://nezu3344.com/blog-entry-4149.html


「どうみても箸もスプーンもありません。」と書いておられるが、写真が小さく不鮮明なので、私には箸やスプーンがないかどうか判断のしようがない。

これでは証拠にはならない。

ねずさんが貼っている写真の出どころを探したところ、下のサイトが見つかった。上から4枚目。
https://hinode.8718.jp/photo_korea_life.html

若干写真のサイズは大きいがやはり不鮮明で箸やスプーンの有無はわからない。
やはりこの写真を証拠として使うのはムリがあると思う。

そしてこの写真の一つ下の写真(上から5枚目)の写真を見ると、箸を使って食事をする人が写っている。

ある人に意見を聞いたら、箸を使って食事をしている人は両班ではないか、という。

1910년대 조선 기생

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:1910%EB%85%84%EB%8C%80_%EC%A1%B0%EC%84%A0_%EA%B8%B0%EC%83%9D.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/ea/1910%EB%85%84%EB%8C%80_%EC%A1%B0%EC%84%A0_%EA%B8%B0%EC%83%9D.jpg よりお借りしました。
不明 [Public domain]

上はウィキペディアからお借りした両班の写真である。
両班とは貴族階級の人のことである。

リンク先の、箸を使って食事をしている人の写真は両班だろうか?
あまりきちんとした身なりをしていないように見えるが、着物の特徴などを比べてみても私にはわからない。

朝鮮で生活した経験のある本間九介さんの朝鮮雑記には「彼らは不潔で箸なども洗ったことがないだろう」という意味のことが書かれていた。
箸を洗わない、ということは箸はあるということである。

また庶民に箸をつかう習慣がなかったのであれば、日本人からみて奇異にみえるので、本間さんはそれについて記したのではないだろうか。
書いていないということは、箸を使っていたのではないか。

これについては、「本間九介さんは朝鮮の貴族としか接していないのではないか」といわれた。
まあ、そういう可能性はある。

しかし、李氏朝鮮の庶民が箸をつかっていなかったことの証拠はない。
小さくて不鮮明な写真を貼りつけて、箸を使っていない証拠、といわれても納得できないことは確かだ。

また、トイレがなかったとか、排便の汚水が甕にはいって回虫がわくので唐辛子をいれた、ということのソースの提示がない。

この手の話は、韓国嫌いの人が多い右寄り保守の人に歓迎されがちである。
しかし客観的に考えてソースの提示が必要だと思うし、ソースの提示のないものを簡単に信じないようにしてほしい。
ねずさんにはぜひソースの提示をお願いしたい。

ところで、唐辛子入りのキムチの成立がいつになるかについては、ねずさんは実に細かく調べている。


⑤.1670年の朝鮮の「飲食知味方」に「漬け物としてのキムチ」が記されているが、唐辛子は用いられていない。

⑥1809年の「閨閤叢書」には漬物に千切りにした唐辛子を少量入れると書いてある。日本の漬物にも少量の唐辛子を入れることがある。

⑦.1827 年の「林園十六志」に現在のような辛いキムチの記述がある。

⑧1625年、江戸で七味唐辛子が発明され、日本中に広まった。

⑨1811年、半島通信使600名ほどが日本にやってこようとした。しかし彼らは道で脱糞するので徳川家斉は対馬藩で足とめとした。
 半島通信使らはこのとき七味唐辛子を持ち帰り、半島で唐辛子が流行るようになる。


このうち、⑤⑥⑦については、きちんと文献を示して語っている。

そうであるのに、箸を使っていなかったことの証拠や、トイレがなかったことの証拠、回虫を殺すために漬物に唐辛子を入れたことの証拠などをなぜ示さないのだろう?

やはりこれらについてもきちっと証拠なリソースなりを示すべきだし、読む側はソースのないものは信じないという姿勢が大切だと思う。

韓国が嫌いだからと言って、韓国批判の者は何でも受け入れるというようではあまりに程度が低い。





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