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秋の始まりはお盆の始まり。(上賀茂神社 夏越神事) 

かみがもじんじゃ なごししんじ2


●旧暦ではもっとも暑い季節が秋の始まりだった。

風そよぐ ならの小川の ゆふぐれは みそぎぞ夏の しるしなりける/藤原家隆
(風が楢の葉をそよがせる楢の小川の夕暮れは、すっかり秋の気配が漂っている。六月祓のみそぎをしている様子ばかりが、まだ夏であるしるしなのだなあ。)


百人一首でおなじみのこの歌は、鎌倉時代の歌人・藤原家隆(1158年-1237年)が上賀茂神社の夏越神事の様子を詠んだものである。
上賀茂神社では現在でも古いしきたりを守り、鎌倉時代と同じやり方で夏越神事を催行している。

参拝者たちは茅の輪潜りをしたのち、(茅の輪くぐりについては、「蘇民将来伝説と過ぎ越しの祭 (交野天神社)」を参照してください。)人形(ひとがた)に息をふきかける。
これは自らの穢れを人形に移すというおまじないである。
日没後、上賀茂神社の禊川である「ならの小川」では篝火がたかれ、神職さんが奉納された人形を一枚一枚くってはならの小川に流していく。
家隆が見た夏越神事の風景も、これと変わらぬものであったのである。

ただし、家隆が夏越神事を見たのは旧暦の6月晦日であるが、現在、上賀茂神社で夏越神事を行っているのは新暦の6月30日である。
旧暦は新暦の約ひと月遅れとなるので、新暦に換算すると7月ごろにかつての上賀茂神社の夏越神事は行われていたということになる。
7月の京都は暑いさかりで、秋の気配などみじんもない。
それなのに家隆はなぜ「禊(夏越神事)の様子だけが夏のしるしである(すっかり秋の気配が漂っている)などと歌に詠んだのだろうか。

旧暦では1月・2月・3月を春、4月・5月・6月を夏、7月・8月・9月を秋、10月・11月・12月を冬としていた。
旧暦は新暦の約一月遅れなので、ざっくり考えて、新暦の2月・3月・4月が旧暦の春、新暦の5月・6月・7月が旧暦の夏、新暦の8月・9月・10月が旧暦の秋、新暦の11月・12月・1月が旧暦の冬に該当する。

つまり、旧暦では1年でもっとも暑い季節が秋の始まりだったのである。
この歌は「涼しい風が吹いてすっかり秋の気配が漂っている」と訳されることもあるが、それは新暦と同じ感覚で旧暦をとらえたために訳を誤ったといわざるをえない。

ウィキペディアの「立秋」の項目にも次のように記されている。

『天気予報などでアナウンサーが「今日は立秋、暦の上では秋に入りましたが、相変わらず暑いですね」など語ることがあるが、暦の上では立秋こそ暑さの頂点であり、徐々に暑さが緩むのはその翌日からなので、立秋をそのように捉えることは誤りである。』
(上記サイトより引用)

立秋とは1太陽年を24等分した暦法・二十四節気のひとつであって、今も昔もグレゴリオ暦(新暦)の8月7日または8日である。
しかし多くの人が昔は旧暦だったから約ひと月遅れで、新暦の9月ごろが立秋だったと勘違いしているのである。

●旧暦ではお盆は秋の始まりを告げる行事だった。

6月晦日の翌日は7月1日であるが、旧暦の7月1日は釜蓋朔日(かまぶたついたち)といわれていた。
釜蓋朔日とは、地獄の釜の蓋が開く日であのことであり、この日からお盆が始まるとされていた。
お盆とはご存じのように先祖の霊を祀る行事のことである。
そして6月晦日が夏のおわりで、7月1日は秋の始まりであった。
お盆とは秋の始まりを告げる行事であったのである。

●楢の葉を戦がせる風は不気味な風?

『風そよぐ』の『そよぐ』は漢字では「『戦ぐ』と書く。
現代人にとって『そよ風』とは『優しい風』というイメージである。
オリビア・ニュートン・ジョンの『そよ風の誘惑』も優しい感じの曲だった。
そよ風を漢字で書くと微風であるが、微風と風が戦ぐのは違うのかもしれない。

漢和辞典で『戦』という漢字の意味を調べてみると、次のように書かれていた。
① 戦う。戦をする。
② いくさ 
③ おののく ふるえる 
④ そよぐ そよそよと揺れ動く
⑤ はばかる 

どうも『風戦ぐ』とは、吹かれて心地よく感じる風ではなく、ざわざわと不気味さを感じる風のように思われる。

家隆は楢の葉がざわざわと不気味に揺れているのを見て、お盆になって戻ってきた霊が楢の葉を揺らしているのではないかと考え、ああ、お盆の季節がやってきたんだなあ、という気持ちを詠んだのではないだろうか。

秋の始まりはお盆の始まり② 」につづきます。

上賀茂神社・・・京都市北区上賀茂本山339
夏越神事・・・6月30日 20時より(確認をお願いします。)  



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[2014/06/30 21:00] 京都の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)