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陰陽 黒と白 ⑭ 能・翁 黒式尉の黒という漢字を分解すると? 

 

陰陽 黒と白 ⑬『惟喬親王、入定して紀仙法師となる?』 よりつづきます~

①能「翁」の白式尉と黒式尉


阪急河原町駅で下車し、四条通を東に向かって歩いていく。
鴨川にかかる四条大橋を渡り、途中、托鉢の僧が手に持つ鉢の中に小銭を入れて手を合わせる。
「どうか、新しい発見のある楽しい旅になりますように!」
そんなふざけたな願い事を心の中で唱え、また橋を渡っていく。

四条大橋を渡ると右手に南座、そのまままっすぐ歩いていけば八坂神社に到着する。

八坂神社の本殿前には、1月3日にもかかわらず初詣する人たちの長い行列ができていた。
私は行列の後ろのほうで手を合わせてお参りをし、八坂神社境内にある能舞台へと向かった。
能舞台の前のベンチはすでに人で埋め尽くされていた。
この日、八坂神社では初能奉納があるのだった。
能の演目は「翁」である。

まもなく舞台の上に囃し方が登場し、つづいてシテ(役者)が登場した。

シテは舞台の上でお面をつけた。
舞台上でお面をつけるのは能の中でも翁だけである。

八坂神社 翁 面をつける白式尉 
『翁」は『能にして能にあらず』『能というよりも神事である』などといわれている。
シテは舞台に立つ7日前から家族と寝食を別にし、食事を調理する火も共用することが許されない。
これを『別火を喰う』と言う。

「とうとうたらりたりらら」
翁(白式尉/はくしきじょう)のよく通る声が、冬の澄んだ青空にこだました。

八坂神社 翁 白式尉 

「とうとうたらりたりらら」とはどういう意味なのか、よくわかっていないらしい。
おそらく古い言葉で、長い年月を経るうちにわからなくなってしまったのだろう。
和歌の枕詞などももともとは意味があったのだろうが、意味が分からなくなってしまった言葉がたくさんある。

しばらくするとさきほどの翁とは別の翁がやはり舞台上で面をつけ、鈴を振って足拍子を踏み鳴らした。
私はその翁を見てとても驚いた。

八坂神社 翁 黒式尉 

翁の面が真っ黒だったからである。
黒い面の翁(黒式尉)は黒人なのか?
しかし顔立は日本人のようである。

②能「翁」は、陰陽 黒と白

能「翁」はまさしく、「陰陽 黒と白」だった。

陰陽道では万物は陰陽両面を持つと考える。
生死を陰陽で表すと、生が陽、死が陰である。
性別天体光度天気生死
陰(黒)
陽(白)太陽

また陽は白、陰は黒で表される。

Yin yang

https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AYin_yang.svg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/17/Yin_yang.svg よりお借りしました。
作者 Gregory Maxwell [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で

③小野小町は白い神、大伴家持は黒い神


陰陽 黒と白⑪大友家持、白い神から黒い神に転じる? 
陰陽 黒と白⑫ 小野小町は白い神  

私は上の記事で、小野小町は白い神、大伴家持は黒い神ではないかと書いた。

小野小町は在原業平に次の様に詠まれている。

ももとせに ひととせ足らぬ つくも髪 我を恋ふらし おもかげに見ゆ
(百年に1年たりない九十九歳の白髪の女が、私を恋い慕っているのが 面影に見える。)


この歌に登場する九十九歳の白髪の女とは小野小町のことであるとされる。

つくも髪は九十九髪と書く。これは謎々である。
100-1=99
百引く一は白

うまい!座布団2枚!

髄心院 歌碑 八重桜

髄心院 小野小町 歌碑

次に大伴家持についてだが、彼は藤原種次暗殺事件に関与したとして、すでに死亡して埋葬されていたのを掘り起こされ、流罪となっている。

.http://www.sogi.co.jp/sub/kenkyu/itai.htm
上記サイトによれば、死体は次のように変化するという。

腹部が淡青藍色に変色(青鬼)
   ↓
腐敗ガスによって膨らみ巨人化。暗赤褐色に変色。(赤鬼)
   ↓
.乾燥。黒色に変色。腐敗汁をだして融解。(黒鬼)
   ↓
骨が露出

一言主神社 一陽来復祭

一言主神社 一陽来復祭

掘り起こされた家持の死体は黒く変色し、黒鬼のような姿になっていたのではないだろうか。

そして、大伴家持は六歌仙の一である大友黒主と似た、というよりもほとんど同じ歌を詠んでいることから、私は大伴家持と大友黒主は同一人物ではないかと考えた。

白浪のよするいそまをこぐ舟のかぢとりあへぬ恋もするかな/大友黒主
(白波の寄せる磯から磯へと漕ぐ船が楫をうまく操れないように、自分を抑えることのできない恋をすることだよ。)

白浪の寄する磯廻を榜ぐ船の楫とる間なく思ほえし君/大伴家持
(白波の寄せる磯から磯へと漕ぐ船が楫をうまく操れないようにあなたのことを思っています。)


古今集真名書は大友黒主について次のように記している。

大友の黒主が歌は、古の猿丸大夫の次なり。頗る逸興ありて、体甚だ鄙し。田夫の 花の前に息めるがごとし。(読み下し文)

「頗る逸興」とは大伴家持の死体が掘り出されたことをいっているのではないかと思う。

祇園祭 山鉾巡幸 黒主山2 
祇園祭 黒主山  

④六歌仙は藤原氏と敵対していた歌人


古今和歌集仮名序で名前をあげられた6人の歌人、小野小町・僧正遍照・在原業平・大友黒主・文屋康秀・喜撰法師のことを六歌仙という。

この6人は全員藤原氏と敵対関係にある人物であった。

私は小野小町とは小野宮と呼ばれた惟喬親王のことだと考えている。
惟喬親王は文徳天皇の第一皇子で、母親は紀静子の間にできた子の長子で立太子が望まれていた。
しかし文徳天皇には藤原明子との間に惟仁親王もあった。
文徳天皇は「惟喬親王を皇太子」にしたいと源信に相談したのだが、源信は藤原明子の父・藤原良房をはばかって天皇を諫めたという。

遍照は藤原良房に出家させられたといわれている。
在原業平は惟喬親王の寵臣で、惟喬親王の妹を妻にしており、紀氏側の人間だった。
大友黒主は③に書いたように、大伴家持のことだと思う。家持は藤原種次暗殺事件に関与したとして死体が掘り出されて流罪となった。
文屋康秀は文室宮田麻呂の親戚だと思うが、文室宮田麻呂は無実の罪で流罪となっている。
喜撰法師とは紀仙法師で、紀名虎または紀有常のことだとする説がある。
紀名虎は惟喬親王の祖父(惟喬親王の母・紀静子の乳)、紀有常は惟喬親王の叔父(惟喬親王の母・紀静子の兄)である。

遍照・在原業平・紀有常らは惟喬親王をもちあげてクーデターを計画していたとする説もある。

加茂船屋の雛祭 六歌仙屏風 
加茂船屋 六歌仙を描いた屏風
 
向かって右上から、大友黒主・小野小町・喜撰法師、向かって左上から在原業平・遍照・文屋康秀か?

⑤喜撰法師=紀仙法師=惟喬親王?

④ で喜撰法師とは紀仙法師で、紀名虎または紀有常のことだとする説があると書いたが、私は喜撰法師=紀仙法師とは惟喬親王の事ではないかと思う。
惟喬親王の母親は紀静子、その父が紀名虎、兄が紀有常である。
当時、藤原氏の母親を持つ天皇・親王が大多数であった中で、惟喬親王は紀氏の希望の星だった。
そんな惟喬親王を紀仙法師と呼ぶのはおかしいことではない。

惟喬親王は京都の法輪寺に籠った際、虚空蔵菩薩より漆の製法を授かったという伝説がある。
惟喬親王は木地師が用いる轆轤を発明したという伝説もあり、惟喬親王は木地師の祖としても信仰されている。
轆轤を用いて作る茶碗などは、漆を塗って漆器にするが、漆には別の用途もあった。
即身仏となるべく入定する際に漆を飲むのだ。これを「漆のお茶を飲む」と記したサイトもあった。
こうすることで胃の中を空っぽにし、また漆の防腐作用で死後腐りにくい体になる。

そして宇治に喜撰洞があり、そこに喜撰法師の像が置かれている。
喜撰洞とは喜撰法師が入定した洞窟ではないのか?

また喜撰というお茶の銘柄があり、喜撰はお茶の隠語でもある。
戦国武将たちは茶の湯をたしなんだが、お茶を飲むことは、漆を飲むことに喩えたものであり、茶の湯とは不老不死を願うまじないであったのではないかと私は考えたのだ。

陰陽 黒と白 ⑬『惟喬親王、入定して紀仙法師となる?』 

木地師資料館 惟喬親王像  

木地師資料館の惟喬親王像
下の女性と男性が轆轤を使って器を作っている。


⑥生の神と死の神

ここで、もう一度陰陽分類表を見てみよう。
性別天体光度天気生死
陰(黒)
陽(白)太陽

大友黒主という名前は彼が黒い神、死んだ神であるところからくるのではないか。
そして、小野小町(=喜撰法師=惟喬親王)は九十九髪=百引く一は白の神である。
なぜ小野小町は白の神なのか。
それは小野小町=惟喬親王=喜撰法師であり、惟喬親王が漆を飲んで入定して即身仏になったためではないか。

現代人からみて、即身仏は死体でしかない。
しかし古の人々は腐らない肉体をもった即身仏を生きていると考えたのではないだろうか。

大友黒主(=大伴家持)・・・・・・・・黒い神・・・死の神(死んで腐った神)
小野小町(=惟喬親王=喜撰法師)・・・白い神・・・生の神(死んでも腐らない神=即身仏)

すると、能「翁」の白式尉は生の神(死んでも腐らない神=即身仏)、黒式尉は死の神(死んで腐った神)ではないのか。

八坂神社 翁


⑦黒式尉はいかにして田の神になったか?

能「翁」の黒式尉は田の神だともいえる。
黒式尉の舞の中で種まきを思わせる所作があるからだ。

それを見て、私は白髪のことを九十九髪(つくもかみ)ということを思い出した。
そのココロは、100-1=99、百引く一は白。

黒という漢字も白と同じように分解してみたらどうなるだろう?
「黒=田+土+、、、、」となるではないか。「、、、、」は種をまいたように見える。

また、生物の死体は微生物に分解されて水に溶ける形になると、無機栄養として植物に吸収され、植物の肥料となる。

翁の黒式尉はそういった理由で種まきの所作をしているのではないだろうか。

⑧大友黒主はなぜ田夫なのか?

また古今和歌集真名書は大友黒主(=大伴家持)にたいして、「田夫の 花の前に息めるがごとし」といっている。
それは、大伴黒主は翁の黒式尉と同様、腐って植物の肥料のようになってしまったので、田夫といっているのではないだろうか。

黒主山 宵山


上の写真は祇園祭黒主山の提灯である。
提灯に記された文字にご注目。

http://www.kuronushiyama.or.jp/#kuronushi ← こちらのページにも大きく掲載されている。

「黒」の異体字として「黑」があるが、それともまたちがう。田夫と読めなくもない。

ところで、古今集には真名書のほかに仮名序がある。
真名書は漢文、仮名序はかなで記されているが、内容はほとんど同じである。

ところが、大伴黒主の部分は少し違っている。

真名書には
大友の黒主が歌は、古の猿丸大夫の次なり。頗る逸興ありて、体甚だ鄙し。田夫の 花の前に息めるがごとし。(読み下し文)
とあるが、仮名書では
大友黒主は そのさまいやし。いはば薪負へる山びとの 花のかげに休めるがごとし。
となっている。

真名書の頗る逸興ありて、体甚だ鄙し。田夫の 花の前に息めるがごとしは次のような意味だと思う。

頗る逸興ありてとは大伴黒主とは大伴家持のことであり、大伴家持が藤原種次暗殺事件に関与したとして、死体が掘り出されて流罪となったことだろう。

体甚だ鄙し
とは、その体が腐って『死体が腐って卑しい」

田夫の 花の前に息めるがごとしは、家持の腐った体が微生物に分解され花の肥料になったことを田夫(田+夫=黒/黒い神)になったとい表現しているのではないかと思う。

仮名序では田夫ではなく、山びとになっている。山びととはどういう意味なのだろうか?

八坂神社 舞殿 
八坂神社 舞殿


八坂神社 楼門

八坂神社 西楼門
陰陽 黒と白⑮ 奈良豆比古神社 翁舞 へつづく~
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陰陽 黒と白① 獏は白黒モノトーン  


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[2018/11/01 17:13] 陰陽 黒と白 | トラックバック(-) | コメント(-)