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建築の神が住む町⑰ 最終回 地蔵院 『 鍬形地蔵はマリア地蔵?』 

建築の神が住む町⑯ 双子座が牡牛座をひくことで新しい年がやってくる?  よりつづく~。

①聖徳太子の面影を残す町

桜の季節、私は何度も歩いた西陣の町を、またぶらぶらとしていた。

京福電車北野白梅町駅前にある「北野廃寺跡」と記された小さな石碑。
誰も見向きもしないその石碑が、西陣の聖徳太子信仰をめぐる旅の始まりだった。

北野廃寺跡 

北野廃寺跡

北野廃寺は太秦にある秦氏の氏寺・広隆寺の前身・蜂岡寺だとする説が有力なのだが、広隆寺の御本尊は聖徳太子である。

この石碑から東へ400mほど歩くと北野天満宮につく。

北野天満宮 影向松と梅 
北野天満宮 

北野天満宮 梅 
北野天満宮

北野天満宮といえば梅だが、梅の花はもう盛りをすぎていた。
しかし数本の梅の木はまだ花をつけていたし、東門そばの桜が満開となっていた。

北野天満宮 本殿 桜 
北野天満宮

北野天満宮 東門 桜 
北野天満宮

北野天満宮の御祭神は菅原道真だが、北野天満宮の摂社・地主神社は菅原道真が祀られる以前よりここに鎮座していたという。
私は地主神社は北野廃寺=蜂岡寺の鎮守で聖徳太子を祀っていたのではないかと思う。

北野天満宮から東北へ450mほど歩いていくと大工の棟梁と阿亀の伝説で知られる大報恩寺がある。

千本釈迦堂 門 桜
大報恩寺

千本釈迦堂 おかめ桜
大報恩寺

境内にあるしだれ桜はおかめ桜と呼ばれているが、それはこの伝説にちなむものだろう。

千本釈迦堂 おかめ桜とおかめ像

大報恩寺

聖徳太子は建築の神として今でも信仰されているし、境内には「太子堂」もある。
この大報恩寺にも聖徳太子があったことがしのばれる。

大報恩寺 太子堂 おかめ御幣


太子堂に奉納されたおかめ御幣(関西では上棟式でこのおかめ御幣を用いる。)


さらに北野天満宮から東北へ300mほどいくと、石像寺がある。

釘抜地蔵

石像寺

石像寺は釘抜地蔵とも呼ばれている。
またしても建築の神だ。聖徳太子信仰はここにもあったということだろう。

石像寺が釘抜地蔵と呼ばれるのは次のような伝説が伝えられているためだ。

室町時代、両手の痛みに悩む大商人・紀伊国屋道林がこのお地蔵さまに七日間願掛けすると、7日目の夜の夢の中にお地蔵様が現れた。
お地蔵さまは「手の痛みは、あなたが前世でわら人形に釘を打ち人をのろった報いである。」と言い、釘を抜いた。
商人が目覚めると手の痛みは治っていた。

私はこの話からキリストの磔刑を思い出した。

Mantegna, Andrea - crucifixion - Louvre from Predella San Zeno Altarpiece Verona

https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AMantegna%2C_Andrea_-_crucifixion_-_Louvre_from_Predella_San_Zeno_Altarpiece_Verona.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/83/Mantegna%2C_Andrea_-_crucifixion_-_Louvre_from_Predella_San_Zeno_Altarpiece_Verona.jpg よりお借りしました。

アンドレア・マンテーニャ [Public domain または Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で

両手に釘が打ちつけられていた紀伊国屋道林の前世とはキリストなのではないか?

そして、キリストは馬小屋で生まれたとされるが、聖徳太子は厩の前で生まれたとされる。
またキリストは大工の息子だが、聖徳太子は大工の神である。

そういったところから、聖徳太子の伝説はキリスト教の影響を受けているのではないかといわれている。

すると紀伊国屋道林の前世は聖徳太子であると、そう言ってもいい。

石像寺 絵馬2

石像寺 絵馬

②鍬で傷つけられた地蔵菩薩


石像寺から北野白梅町駅まで引き返し、そこから南へぶらぶらと230mほど歩いていくと美しい椿の咲く寺があった。
地蔵院である。

地蔵院 五色八重散椿3
地蔵院 五色八重散椿

地蔵院の地蔵菩薩には次のような伝説がある。

あるとき干ばつがあり、納屋の庄兵衛は紙谷川の水を独り占めして自分の田に入れ、他の人の田には水を入れさせなかった。
そこへお坊様があらわれ、庄兵衛に「他の人の田にも水をあげなさい。」とおっしゃった。
庄兵衛は「このクソ坊主めが!」といって鍬でお坊様の顔を殴った。
お坊様の顔からは血が流れたが、黙って立ち去った。。
庄兵衛が後をつけるとお坊さまは椿寺に入っていった。
椿寺の地蔵堂の扉があいていたので庄兵衛は中に入ってみるとお地蔵さまが血を流しておられた。
このことがあって以来、庄兵衛は水を独り占めすることをしなくなった。


この伝説からこのお地蔵さまは鍬形地蔵と呼ばれている。また木納屋地蔵とも呼ばれる。

つまり鍬で傷つけられたから鍬形地蔵だというのだろうか。

地蔵院 五色八重散椿
 地蔵院 五色八重散椿

③鍬形地蔵には角が生えている?


もしかして鍬形地蔵の鍬形とはこのお地蔵さまの特徴が「鍬形」ということなのではないだろうか。

兜につけられている一対の角状の金属の立物のこともを鍬形という。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%9C#/media/File:Kabuto-p1000670.jpg

このお地蔵さまの頭部には鍬形のような角が生えているのではないか?

地蔵院 鍬形地蔵 

地蔵堂は扉が閉められていて、安置されている鍬形地蔵のお姿を見ることはできなかった。
しかし、ふと見ると、地蔵堂の柱に鍬形地蔵の写真が飾られていた。
なんと、頭から布団を被っているではないか。

これは怪しい。やはり頭に角が生えているのではないか?

④木納屋地蔵


このお地蔵さまは鍬形地蔵のほか、木納屋地蔵とも呼ばれているという。

納屋とは母家とは別棟に建てられた物置小屋のことで、農家では農作物や 農機具などを、漁村では舟や網を収納するのに用いていた。
それでは木納屋とはどのようなものなのだろうか?

http://gozai.sakura.ne.jp/details1029.html
上記ページに吉村宅の木納屋の写真があり「薪を乾燥、貯蔵するところ」と説明がある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AA#/media/File:Stacks_of_firewood,Wood_wall_%E8%96%AA_%E3%82%84%E3%81%97%E3%82%8D%E3%81%AE%E6%A3%AE%E5%85%AC%E5%9C%92_DSCF8679.JPG 〈薪の写真)

http://gozai.sakura.ne.jp/img463.jpg(吉村宅の木納屋の写真)

吉村宅の木納屋に置かれている木材は薪にして長いように思える。
これを短く切って薪にするのだろうか?
薪ではなく、建築資材としての木材ではないのだろうか?

鍬とは農機具だと思っていたが、ウィキペディアによると
「鍬(くわ)とは、園芸や農作業、土木作業のため土壌を掘り起こす道具である。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8D%ACより引用)
と書いてある。

このあたりではかつて建築の神・聖徳太子が厚く信仰されていたと思われる。
地蔵堂の地蔵が木納屋地蔵と呼ばれるのはそのためではないのか?
また鍬形地蔵と呼ばれるのは、土木工事で用いる鍬が木納屋に収納されることが多かったためではないか?

⑤鍬形地蔵は手に鍬を持っている?

もう一度、③の鍬形地蔵(木納屋地蔵)の写真を見てほしい。
よく見ると錫杖はお地蔵さまの前に置かれていて、お地蔵さま自身が持っておられないように見える。
布団を外すともしかして手には鍬を持っていたりしないだろうか?

⑥鍬形地蔵はマリア地蔵?

また鍬形地蔵の写真を見ると布団がイエスの母親・マリアが被っているベールのようにも見える。



生神童貞女と神の子」1901年。画:ヴィクトル・ヴァスネツォフ
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/12/Vasnetsov_Madonna.JPG/576px-Vasnetsov_Madonna.JPG?uselang=ja よりお借りしました。

キリスト教は1549年、フランシスコ・ザビエルによって日本に伝えられたが、豊臣秀吉によって厳しく弾圧された。
江戸時代になってもキリスト教は禁止され、ひそかにキリスト教を信じる者がちは、観音菩薩に似せたマリア観音をつくって信仰した。

マリア観音のほか、マリア地蔵も作られた。


奈良井宿 (トリップアドバイザー提供)
https://www.tripadvisor.jp/LocationPhotoDirectLink-g1021320-d1946094-i76284450-Naraijuku-Shiojiri_Nagano_Prefecture_Chubu.html よりお借りしました。

下記リンク先に埼玉県辛手市の マリア地蔵の写真が掲載されている。
http://www.satte-k.com/kanko/maria/
錫杖の上部に十字架が刻まれているというのだがよくわからない。

布団を被った鍬形地蔵はとても気になる地蔵菩薩である。
ここからまた新しい旅が始まる予感がする。
次の旅もきっと楽しい旅になるだろう。

end.

地蔵院 五色八重散椿2

 地蔵院 五色八重散椿




ながながとおつきあいくださいましてありがとうございました!

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[2017/11/01 14:55] 建築の神が住む町 | トラックバック(-) | コメント(-)