馬頭夫人と牡丹の伝説 (長谷寺)
長谷寺 牡丹
長谷寺の長い登廊を歩く。
登廊の両脇の斜面にはたくさんの牡丹の花がうえられていて、今まさに満開を迎えていた。 長谷寺の牡丹にまつわる次のような伝説がある。
「唐18代の僖宗皇帝の皇后・馬頭(めず)夫人は馬面だったので、美しくなりたいと長谷寺の観音様にお願をかけた。
彼女の願いはかなえられて、大変な美人になった。
馬頭夫人は祈願成就のお礼に数々の珍宝を長谷寺に献上した。
その中に牡丹もあった。」
ウィキペディアには僖宗皇帝は唐21代の皇帝であると記されている。
ところが乙訓寺の栞の中に馬頭夫人と長谷寺の牡丹について記されてあったのだが、この栞では唐18代となっていた。
21代が正しいと思う。
ただ、18代とあるのは単純な間違いではなく、縁起を担いで18代としているのかもしれない。
というのは18日は観音様の縁日なのである。
僖宗皇帝に馬頭夫人という皇后がいたかどうかは疑問である。
というのは馬頭夫人についてぐぐってみても、長谷寺の縁起が出てくるばかりなのである。
また唐には立派な寺がたくさんあったと思われるのに、唐の皇后がわざわざ東の小国である日本の長谷寺に祈願するというのもおかしな話である。
馬頭観音を思わせるようなネーミングから考えても、馬頭夫人は想像上の人物なのではないかと思われる。
さらに長谷寺の古文書に『1700年に回廊の両側に牡丹を植えた』という記録がある。
長谷寺に牡丹が植えられるようになったのは1700年以降なのではないだろうか。
馬頭夫人の伝説はたぶん作り話だと思う。
牡丹は中国原産で、日本へは奈良時代に中国より伝わったと言われている。
そういったところから、僖宗皇帝の皇后が長谷寺に牡丹を献上したなどとという話が作られたのではないだろうか。
が、伝説が伝えようとしていることは、それだけではないと思う。
僖宗が皇帝だったころ、黄巣の乱がおこるなど、唐の国は乱れていた。
唐の都・長安が反乱軍に占拠されるなどして、僖宗は2度にわたって唐から逃亡している。
このような状況の中で、唐の権威は落ち、地方の軍閥が力を持つようになっていく。
戦乱がおさまって僖宗は長安に帰還したが朝政の実権は宦官の楊復恭が掌握していた。
同年、僖宗は崩御した。
その後、907年に朱全忠が後梁を開いて唐は滅亡し、五大十国時代へと突入していく。
僖宗は不運な皇帝であったといえるだろう。
日本では僖宗のような政治的に不幸な人物は死後怨霊になって祟ると考えられていた。
怨霊が祟らないように慰霊されたもののことを御霊という。
そして、神はその表れ方によって御霊・和霊・荒霊にわけられ、女神は和霊を、男神は荒霊をあらわすとする説がある。
御霊・・・神の本質
和霊・・・神の和やかな側面・・・女神
荒霊・・・神の荒々しい側面・・・男神
馬頭夫人とは僖宗の和霊として創作された人物なのではないだろうか。
私は前回の記事『祟りをもたらしたご神木(長谷寺)』において次のようなことを述べた。
荒霊は怨霊、和霊は怨霊が成仏してみほとけとなった状態のことでもあるのではないだろうかと。
馬頭夫人は僖宗の和霊だと考えられるが、その本地仏は馬頭観音(ばとうかんのん又はめずかんのん)をであるということで、馬頭夫人という名前がつけられているのではないだろうか。
御霊・・・神の本質
荒霊・・・神の荒々しい側面・・・・怨霊・・・・・・・・・・・・・・・・・男神・・・・僖宗皇帝
和霊・・・神の和やかな側面・・・・みほとけ(馬頭観音)・・・女神・・・・馬頭夫人
観音菩薩は慈悲を徳とするみほとけで、女性的な優しい姿で表現されることが多い。
しかし唯一、馬頭観音はつりあがった目、怒髪、牙をむき出すなど恐ろしい形相で表現されることが多い。(写真 → ☆ )
馬頭観音は憤怒の相をしているが、明王と呼ばれるみほとけもまた憤怒の相である。
そのため、馬頭明王と呼ばれることもある。
この憤怒の相は単なる怒りを表すのではなく、仏教に帰依しない衆上を畏怖させて帰依させたり、煩悩や悪に対する怒りを表すと説明される。
ただ、一般人が仏教の予備知識なく馬頭観音を見ると、馬頭観音は煩悩にまかせて怒り狂っているように見える。
人々は馬頭観音は煩悩にまかせて怒り狂うみほとけだという認識を持っていたのではないだろうか。
僖宗皇帝という怨霊が、成仏したのが馬頭夫人だと私は考えるが、僖宗皇帝の怨霊としてのパワーはすさまじく
そのため、一般的な女性的な優しい姿をした観音ではなく、恐ろしい形相をした馬頭観音になったと考えられたのではないか。
そして馬頭観音=馬頭夫人は美しくなりたいと長谷寺の観音様に祈願したというが、美しくなるとは怒りに狂った恐ろしい顔ではなく慈悲に満ちた優しい顔の観音に変化したということだと思う。
観音は情況に応じて33の姿に変身すると、法華経「観世音菩薩普門品第二十五」(観音経)に記されている。
長谷寺・・・奈良県桜井市初瀬731-1
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