建築の神が住む町④ 北野天満宮 紅葉 『筋違いの本殿』 よりつづく~
①大報恩寺の大根焚北野白梅町駅で下車し、交差点の東北の角・京都信用銀行前の「北野廃寺跡」と記された石碑の前を通って東に歩いていく。
北野廃寺跡
北野天満宮 東門北野天満宮を超えてさらに東へ向かったところに大報恩寺(千本釈迦堂)がある。
大報恩寺の境内は大根を焚く甘い香りがたちこめ、大勢の人でにぎわっていた。
この日は12月8日、大報恩寺では年末の風物詩である大根焚が行われていたのだ。
大報恩寺 大根焚私も一杯いただき、ベンチに腰掛けてふうふう言いながら食べた。
寒さでかじかんだ体がじんわりと温まっていくようだった。
12月8日は釈尊が悟りを開いた日とされ、千本釈迦堂の大根焚はこれにちなむ行事だとされる。
またこの日、成道会法要も行われる。
大報恩寺 大根焚②大根焚は聖天さんにちなむ行事だった? 私は東京の待乳山聖天で1月7日に行われている大根まつりを思い出していた。
待乳山聖天と同じく、聖天さんを祀る京都の嵯峨聖天でも毎年小雪(11月22日ごろ)を含む2日間に大根供養を行っている。
大根焚きはもともとは聖天さんにちなむ行事だったのではないだろうか。

待乳山聖天 大根まつり
待乳山聖天 大根まつり
待父山聖天の境内のいたるところに巾着袋と違い大根のシンボルがあふれていた。

待乳山聖天
待乳山聖天
聖天さんを祀る寺はぜnどこの聖天さんでも、多少のデザインの違いはあってもたいてい巾着袋と違い大根のシンボルを用いている。
巾着袋と違い大根は聖天さんのシンボルなのだ。
京都・双林院の紋。
動画お借りしました。動画主さん、ありがとうございます!
聖天さんは大聖歓喜天とも呼ばれ、象頭の男女の神が抱きあう姿をされている。
男神は鬼王ビナヤキャ、女神は十一面観音の化身のビナヤキャ女神である。
聖天さんの紋が違い大根なのは、鬼王ビナヤキャの好物が大根とされているからだろう。
待乳山聖天③大根は男女双体をあらわす?鬼王・ビナヤキャはなぜ大根が好物なのか。
好物に理由なんてあるか、好きなものは好きなのだ。
そう言われるかもしれないが、「鬼王・ビナヤキャの好物が大根とされている」ことには理由があると私は思う。
大根は直根の先端にある生長点が石ころなどにあたると、側根が肥大して二股になってしまうことがよくあるそうである。
そうした二股大根の形が男女双体の神を思わせるところから、大根が聖天さんの好物であるとされているのではないだろうか。

待乳山聖天④巾着の中には何が入っている?それではもうひとつの聖天さんのシンボルが巾着袋なのはなぜなのだろうか。
聖天さんは象頭であるが、これはビナヤキャ&ビナヤキャ女神のほかに、ガネーシャという神様が聖天さんに関係しているからだと言われる。
ガネーシャには次のような伝説がある。
ガネーシャは母親のパールヴァティーに命じられて、彼女の入浴の見張りをしていた。
そこへシヴァが戻ってきたが、ガネーシャはシヴァが自分の父だと知らず、入室を拒んだ。
シヴァは怒ってガネーシャの首を切り落として遠くへ投げ捨てた。
その後、シヴァはガネーシャが自分の子供だと知り、ガネーシャの頭を探させたが見つからなかった。
そこで象の首を斬り落として持ち帰り、ガネーシャの体につけて生き返らせた。象にも深い意味があると思うが、今のところ私にはよくわからない。
ただ、この伝説からガネーシャがドクロをつけて生き返った神であることがわかる。
真言立川流では髑髏に漆や和合水を塗り重ねて髑髏(どくろ)本尊を作り、これを袋に入れて7年間抱いて寝るとドクロが語りだすとしている。
これは死んでいたドクロが生き返ったということである。
どうやら昔の人はドクロは復活にかかせない呪具であると考えていたようである。
聖天さんの巾着袋の中には復活にかかせない呪具・ドクロが入っているのではないだろうか。
待乳山聖天⑤了徳寺の大根焚
了徳寺 大根焚
京都の了徳寺では報恩講の大根焚をが12月9日~10日に行っている。
報恩講とは親鸞の命日の法要であるが、親鸞といえば僧侶の身分でありながら妻帯したことで有名である。
なんでも、京都の六角堂に籠ったとき、聖徳太子が夢枕に現れて「私が女に生まれ変わってあなたの妻になろう」と言ったというのだ。
六角堂今の時代、こんなことを言う人が現れても、「頭がおかしいのでは」と思われるだけだが、当時はこのはったりがきいたのだろう。
親鸞の死後、親鸞の子孫たちが本願寺を世襲し、また浄土真宗の信者も増えていった。
このように見てみると、なぜ了徳寺で大根焚が行われているのか、わかるような気がする。
妻帯した親鸞は、男女双体の神・聖天さんとイメージが重ねられ、その結果聖天さんの行事である大根供養を真似て了徳寺の大根焚は行われるようになったのではないだろうか。
⑥大報恩寺に伝わる大工の棟梁と阿亀の伝説
境内には手に升を持つお亀の像が建てられていた。
ここ大報恩寺には大工の棟梁とその妻・阿亀の伝説が伝えられており、それにちなんでお亀の像は建てられたのだろう。

千本釈迦堂の本堂を建てるとき棟梁が謝って柱を短く切ってしまった。
妻の阿亀が柱の長さが足りない分を枡組を作って補ったらどうかとアドバイスし、本堂は完成した。
阿亀は女の助言を受け入れたことが知られたら夫の恥になると思い、本堂が完成する前に自害した。
大報恩寺本堂大報恩寺本堂を見上げてみると、なるほど、柱に枡組がついている。
●∧は男性、∨は女性
ベストセラー小説『ダ・ヴィンチ・コード』に∧は男性、∨は女性を表すと書いてあったと記憶している。
これと同様、枡とは凹で女性を、柱とは凸で男性を表しているのではないだろうか。
すると枡(凹)と柱(凸)が合体している千本釈迦堂の柱は男女和合の象徴であるということになる。
そういったところから、千本釈迦堂は聖天さんのイメージと重ねられ、大根焚きの行事を行うようになったのではないかと思う。
大報恩寺 大根焚よく見ると、大報恩寺の境内の片隅に布袋像が置かれていた。
布袋は袋を持っている。
大報恩寺 布袋像大根炊、布袋の袋で、聖天さんのシンボルが大報恩寺には揃っているということになるが。
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