人形の涙⑥ 當麻寺 二十五菩薩練り供養 『死者に穢れを持っていってもらう行事』
●死者に穢れを持っていってもらう行事

當麻寺
来迎橋の上を二十五菩薩がゆっくりと渡ってくる。
二十五菩薩練供養は當麻寺に伝わる中将姫伝説を再現したものとされる。
中将姫伝説とは次のようなものである。
藤原豊成と妻・紫の前(品沢親王の娘)には長い間子供ができなかったが、長谷寺の観音に祈願して、中将姫を授かった。
紫の前は中将姫が5歳のときになくなり、豊成は橘諸房の娘の照夜の前を後妻とした。
中将姫は美しく成長し、またさまざまな才能にも秀でていたが、継母の照夜の前は中将姫を嫌いいじめていた。
には折檻されるるなど、いじめられていた。
父の豊成が諸国巡視の旅に出かけると、照夜の前は従者に中将姫の殺害を命じた。
しかし従者は中将姫を殺すにしのびず、雲雀山に置き去りにした。
中将姫は雲雀山に草庵を結び念仏三昧の生活をおくっていたが、1年後、遊猟にやってきた父・豊成と再会して都へ戻った。
29歳のとき、阿弥陀如来をはじめとする二十五菩薩が来迎して中将姫は生きながらにして西方浄土に向かった。

當麻寺
上の写真の先頭は観音菩薩で、手には中将姫の像を持っている。
このあと行列は二上山のふもとにある當麻寺本堂に入堂していく。
二上山は奈良の西にあり、日の没する山だった。
そのふもとにある當麻寺本堂は西方浄土の入り口というわけだろう。
練供養会式は平安時代の僧、恵心僧都源信が比叡山で行ったのがの始まりとされ、同様の行事は奈良の久米寺、大阪の大念仏寺、京都の即成院などでも行われている。

即成院
上の写真は京都即成院の練供養会式だが『別冊太陽・梅原猛の世界(平凡社)』に、即成院の二十五菩薩練供養についての記事があり、次のような内容が記されていた。
①『迎講』は死者をあの世に届ける儀式であると同時に、この世の人が再生する儀式でもあった。
②お練りに参加した人はこの日生まれ清まるという信仰があった。
なぜ死者をあの世に届けるとこの世の人が再生するのだろうか。
それは死者がこの世の穢れをあの世に持ち去ってくれると考えられていたからではないだろうか。

久米寺
當麻寺の練供養では観音菩薩が手にした中将姫の像に、自分の穢れを持っていってもらうということになる。
二十五菩薩が渡っていくのを手を合わせて拝んでおられる方がいた。
それは、中将姫に死んでもらい、自分の穢れを押し付け、中将姫があの世へ向かう様子に「ありがたや、ありがたや」と手を合わせて拝んでいるの図ではないのか。
もちろん、拝む人にそんな気持ちはないと思う。
しかし形式はそうなってはいないだろうか。

大念仏寺
人形の涙⑦ 人麿神社 『首が抜ける人麻呂像』 へつづく~
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