人形の涙③ 上賀茂神社 夏越神事『穢れを移され、川に流される人形』

①夏越神事が終わるとお盆の季節がやってくる。
日が暮れて闇に包まれる上賀茂神社境内。
篝火がたかれると、オレンジ色の炎に照らされてならの小川の流れが浮かびあがってくる。
その流れの中を、大量の白い人形(ひとがた)が流れていく。
人形は小川を流れたのち、鴨川へと流れ込み、さらに桂川、淀川を経て大阪湾へと向かうのだろうか。
鎌倉時代の歌人、藤原家隆が「風そよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎそ 夏のしるしなりける」という歌を詠んでいるが、
この歌は上賀茂神社の夏越の祓を詠んだものである。
鎌倉時代に藤原家隆が見たのと同じ風景が、今私の目の前にあるのだ。
家隆の歌を私なりに現代語訳してみると次のようになる。
「風がそよそよと吹くならの小川の夕暮れ。禊(夏越神事のこと)が行われ、ならの小川をたくさんの人形が流れていく。この風景だけが夏のしるしで明日からは秋になるのだなあ。」
夏越神事は旧暦の6月晦日に各地で行われる行事だった。
6月晦日は1年の半分、折り返し地点であり、1年の後半を迎えるにあたって禊をする習慣があったのである。
ここで注意したいことがある。
新暦では春は3月4月5月、夏は6月7月8月、秋は9月10月11月、冬は12月1月2月であるが、旧暦では春は1月2月3月、夏は4月5月6月、秋は7月8月9月、冬は10月11月12月だったということである。
すなわち、6月晦日は夏の最後の日であり、翌日の7月1日よりは秋だったのだ。
旧暦は新暦から約1か月ほどずれる。
従って旧暦の7月は新暦換算すると8月くらいであり、一番暑いさなかに秋を迎えていたということである。
一般的な訳では「涼しい風が吹いてすっかり秋らしくなった。禊をする風景だけが夏の名残である。」という風に訳される。
確かに8月でも日が暮れると気温が下がって涼しくはなる。
現在ではヒートアイランド現象で夜になっても気温が下がらない地域があるが、8月(旧暦7月ごろ)に千早赤阪村を訪ねたとき、日中は暑くてたまらなかったのだが、日没後は驚くほど気温が下がってエアコンや扇風機はいらないほどだった。
しかしそれでは7月(旧暦6月ごろ)の夜は暑かったのかというと、そんなことはないと思う。
7月も8月と同様、昼は暑く、夜になると涼しくなったことだろう。
なので、「涼しい風が吹いてすっかり秋らしくなった」と訳すのは間違いだと私は思う。

『風そよぐ』の『そよぐ』は漢字では「『戦ぐ』と書く。
なにか以外な感じがしないだろうか。
オリビア・ニュートンジョンの『そよ風の誘惑』はロマンチックで優しいメロディーが耳に残る名曲であるように
現代人にとって『そよ風』とは『優しい風』というイメージだ。
しかし、古の人々は違うイメージを持っていたのではないだろうか。
漢和辞典で『戦』という漢字の意味を調べてみると、次のように書かれていた。
① 戦う。戦をする。
② いくさ
③ おののく ふるえる
④ そよぐ そよそよと揺れ動く
⑤ はばかる
『風戦ぐ』とは、吹かれて心地よく感じる風ではなく、ざわざわと不気味さを感じる風だったのではないか。
6月晦日の翌日は7月1日であるが、旧暦の7月1日は釜蓋朔日(かまぶたついたち)といわれていた。
釜蓋朔日とは、地獄の釜の蓋が開く日であのことであり、この日からお盆が始まるとされていた。
お盆とはご存じのように先祖の霊を祀る行事のことで、このころ、先祖の霊が家に戻ってくると考えられていた。
6月晦日は夏のおわりで、7月1日は秋の始まりであった。
お盆とは秋の始まりを告げる行事であったといえるだろう。
家隆はざわざわと吹く風に、お盆になって帰ってくる霊の存在を感じたのではないだろうか。

②穢れを移され、川に流される人形
さて、ここからが本題である。
ならの小川をたくさんの人形たちが流れていくが、この人形は全国から上賀茂神社に奉納されたものである。
人形を奉納する際、奉納者たちは人形に息をふきかける。
息を吹きかけるのは自らの穢れを人形に移すというまじないである。
人形は穢れを移されたのち、さらに川に流される。
川に流された人形は破れたり、川底に沈んだりするだろう。
海までたどり着いた人形があったとしても、荒波の中でいつしかその存在を消していくだろう。
それは人形の死を意味しているのではないだろうか。

大阪市天王寺区 藤原家隆墓
人形の涙④ 『人形を人間の身代わりにして殺す』 へつづく~
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毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!
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