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トンデモもののけ辞典130 倉ぼっこ

①倉(くら)ぼっこ

ウィキペディア「倉ぼっこ」には次のような内容が記されている。

❶倉の守り神
❷岩手県遠野地方に伝承される。
❸子供ほどの背丈、全身毛むくじゃらに描かれることが多い。
❹危害を加えず、人を助ける。
❺座敷童子に類する妖怪で、倉ぼっこが倉から離れると家運が徐々に傾く。
❻物音をたてるが姿を現すことは少ない。
❼遠野のある家では、「倉に籾殻を撒いておくと足跡が残るので存在がわかる」と伝えられる(『遠野物語拾遺』柳田國男)
❽酒屋で倉に入ってきた人に子供のような声で「ほいほい」と声をかけたり、異様な音を立てた。(『奥州のザシキワラシの話』佐々木喜善)
❾江戸時代、本所の梅原宗得の土蔵に棲み付いていた。
便意を催すと、この妖怪の現れる前兆なので急いで蔵を出た。
❿防火の神としても祀られている。
火事があったとき、顔が見えないほど髪を長く垂らした女の姿となって現れ、荷物を運び出して火災から守った。

⓶座敷わらし、ノタバリコ、ウスツキコ、コメツキワラシ


以前、↓ こちらの記事で、座敷わらしと関係する妖怪と考えられている、ノタバリコ・ウスツキコ・コメツキワラシについて書いた。


内容を簡単にまとめておこう。

a, 「ノタバリコ」は土間から這い出て座敷を這い回るワラシ。
「のたれ死ぬ」は「倒れて死ぬ」「みじめに死ぬ」という意味。
「ノタバリコ」とは「倒れてみじめに死んだ子」という意味ではないか。

b. ウスツキコは臼(餅をついたり、蕎麦を牽いて粉にするための道具)を搗くような音をたてる。
コメツキワラシの「コメツキ」とは「米搗き」だろう。かつて玄米は臼にいれて杵でついて精米していた。
ウスツキコとコメツキワラシは同様の妖怪と思われる。

c,東北地方では間引きを「臼殺(うすごろ)」といって、口減らしのために間引く子を石臼の下敷きにして殺し、墓ではなく土間や台所などに埋める風習があった。
間引かれた子供の埋められた場所が土間や臼の下などであることが関連しているとの指摘がある。

弘誓院や徳満寺(茨城県)に間引き絵馬が残されており、江戸時代には飢饉が頻発したことなどから、全国で間引きの風習

e.7歳までは神の領域なので、間引きは神に子供を返す行為と考えられており、間引きのことを「返す」「戻す」などといった。

f、「座敷ワラシ」と「ノタバリコ、ウスツキコ、コメツキワラシ」は同種と考えられているが、私にはわからない。
その理由。
・「ノタバリコ、ウスツキコ、コメツキワラシ」は生まれて間もない赤子の妖怪だと考えられる。
いかし「座敷ワラシ」は3歳から15歳ぐらいの姿をしていると伝えられている。
・「ノタバリコ、ウスツキコ、コメツキワラシ」は土間に現れ、座敷ワラシは座敷に現れる。
静岡県磐田市の白山神社には次のような伝説が残されている。
「桓武天皇の第四皇子の海上皇子(戒成皇子)は従者とともにこの地にやってきて、地元の人々の食べ物を乞うようになった。その原因は、飼っていた雀が戸から飛び出し南殿の白砂にとまったのを追って、裸足で大地を踏んだので鬼神の怒りにふれ、ハンセン病になったためである。」
この話から、現れる場所が土間と座敷では妖怪の格がちがうのではないかと思われる。

③倉ボッチはなぜ防火の神として信仰されたのか。

「座敷ワラシ」と「ノタバリコ、ウスツキコ、コメツキワラシ」
「座敷ワラシ」と「倉ぼっち」が同類のものなのかどうか、私にはわからない。

しかし、「ノタバリコ、ウスツキコ、コメツキワラシ」と「倉ぼっち」は同類であり
これらの妖怪は間引きされた子供の妖怪ではないかと思う。

その理由は、倉ぼっちが「❿防火の神としても祀られている。」からである。

防火の神として有名なのは柿本人麻呂である。
柿本人麻呂は柿本人丸と記されることもあり
「人丸→ひとまる→火止まる」の語呂合わせから、防火の神として信仰されている。
さらに「人丸→ひとまる→ひとうまる→人産まる」の語呂合わせから、安産の神としても信仰されている。

「ひとうまる」は「人埋まる」にも通じる。
「人埋まる→ひとうまる→ひとまる→火とまる」の語呂合わせで、倉に死体が埋められた子供は防火の神に転じると考えられたのではないだろうか?

倉ボッチが髪の長い女性の姿であらわれたのは、小野小町のイメージがあるのかもしれないと思う。
小野小町にはこんな伝説があるのだ。

晩年、小野小町は天橋立へ行く途中、三重の里・五十日(いかが・大宮町五十河)に住む上田甚兵衛宅に滞在し、「五十日」「日」の字を「火」に通じることから「河」と改めさせた。
すると、村に火事が亡くなり、女性は安産になった。
(妙性寺縁起)

五十日→五十火→火事になる→五十河→河の水で火が消える→火止まる→ひとまる→人産まれる
このような語呂合わせのマジックで村の火事はなくなり、女性は安産になったということだろう。

小野小町は日の神(天照大神)であったが、火の神となり、さらに河の神(水の神)に転じたのだ。

倉ぼっちは防火の神ということで、この小野小町とイメージが重ねられたのかもしれない。

あるいは、防火の神=水の神であり、水の神は弁財天、イチキシマヒメなど女神であることが多いので女神とされたのかもしれない。

陰陽思想で天気は、晴は陽、 雨は陰とする。また、湿度では乾燥が陽で湿潤は陰。
そして性別では男性が陽で女性が陰なので、雨や水をもたらす髪は女神ということになる。

とこのように書いて気がついたが、生まれてまもなく亡くなった子供や、流産、中絶で死亡した胎児のことを水子という。水子は名前に「水」とあるので防火の神になるというような信仰もあったのではないだろうか。

④倉ぼっこが岩手県に伝承されている理由

青森や岩手など東北地方では、江戸時代に飢饉が起こっている。


↑ こちらの記事によれば東北地方にある地名の「わらす河原」は子どもを捨てた河原、「崩川」は赤ん坊がよじ登ろうとして崩れた川と説明されている。
地獄沢については説明がないが、やはり子供を捨てた沢ということなのだろう。

そして飢饉がおこった理由について、当時東北地方は米作に不向きで(現在は品種改良されて寒冷な気候でも栽培できるようになった)、稗の栽培に適していたが、政府や幕府が米を年貢として求めたので米策を行ったという趣旨が記されている。

そのような状況であったので岩手県では多くの間引きが行われ、「ノタバリコ、ウスツキコ、コメツキワラシ、倉ぼっこ」などの妖怪が信仰されるようになったのではないだろうか。

⑤便意を催すと倉ぼっこが現れる?

「子供ほどの背丈」とあるが、何歳ぐらいの子供なのかによって身長は異なる。
そうではあるが、倉ぼっこが子供の妖怪であるということを示しているのだろう。

「全身毛むくじゃらに描かれることが多い。」というのは、誰によってそのような姿の倉ぼっこが描かれたのかが不明。
ウィキペディアには 境港市水木しげるロードに設置された倉ぼっこのブロンズ像 が掲載されているので、水木しげる氏によってこのような姿に創作されたのかもしれない。

いずれにしろ、「火事があったとき、顔が見えないほど髪を長く垂らした女の姿となって現れ、荷物を運び出して火災から守った。」という伝説から毛むくじゃらの姿として描かれたのではないかと思う。

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❾「便意を催すと、この妖怪の現れる前兆」というのは、どういうことだろうか。
昔、「本屋にいくとトイレに行きたくなる」という話が話題になったことがあり、私もそれは何度か経験している。
しかし、ほかの場所でもトイレに行きたくなったことはある。
たまたま本屋に行くことが多いので「本屋にいくとトイレに行きたくなる」と思ってしまっただけかもしれないが
その理由としては次のようなものが考えられている。

「紙やインキの匂いが便意を促しているのだ」という説
「大量の本を前にして神経が高ぶるのだ」という説
「立ち読みする際の姿勢が便通を良くしているのではないか」という説
「不安感や逆境が関係しているのだ」という説

https://www.esquire.com/jp/menshealth/wellness/a36680565/why-bookstores-make-some-people-feel-the-need-to-poop-mariko-aoki-phenomenon/ より引用

うーん?
倉のある家に住んだことがないので、よくわからない。


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