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トンデモもののけ辞典 髪鬼

1⃣髪鬼

髪鬼(かみおに)または鬼髪(きはつ)とは、鳥山石燕の妖怪画集『百器徒然袋』にある日本の妖怪の一つで、頭髪の妖怪[1][2]。
人間の女性の怨みの念や嫉妬心が自分の頭髪にこもって妖怪と化したものとされる。髪がどんどん長く伸び、その名前が示すようにあたかも鬼の角のように逆立つ。長く伸びた髪をいくら切り落とそうとも、どんどんと際限なく伸び続けてしまうという[2]。

古より人間の頭髪には不思議な力があるといわれており、その伝承を元に石燕が創作した妖怪とされる[1]。


鳥山石燕『百器徒然袋』より「髪鬼」


イラストに添えられた文章は草書体で読めないが(恥)、次のように記されているようである。

「身体髪膚は父はゝの遺躰なるを、千すじの落髪を泥土に汚したる罪に、かゝるくるしみをうくるなりと言ふを、夢ごゝろにおぼへぬ」

しんたい-はっぷ【身体髪膚】
人間のからだ全体のこと。全身。▽「身体」はからだ。「髪膚」は髪の毛と皮膚の意。ここから、からだ全体をいう。からだは父母から受けた大切なものの意が込められ、出典に「身体髪膚之これを父母に受く、敢あえて毀傷きしょうせざるは孝の始めなり」とある。



現代語訳は次のようになるだろうか。

a.体・髪・皮膚は、「父母の遺体の千筋の落髪を泥土に汚した罪」で、このような苦しみを受けると言う。
そう夢の中で思った。

b.体・髪・皮膚は、父母から受け継いだ大切なものであるのに、「千筋の落髪を泥土に汚した罪」で、このような苦しみを受けると言う。
そう夢の中で思った。

bのほうが正しいような気がするが、古文に詳しい方、間違いなどあれば指摘お願いします。

⓶髪は神と音が同じなので神聖視された?

ウィキペディアは「古より人間の頭髪には不思議な力があるといわれており」と記されている。
その理由の一つは、髪と神が同音であることではないだろうか。

語呂合わせは現在ではオヤジギャクのネタだが、和歌ではそれを掛詞といい、「古にはそれは呪術であったのではないか」と私は考えている。
皆さん、よくご存じのように、日本には言霊信仰があった。

言霊信仰とは口にした言葉には実現する力があるとする信仰のことである。
このように言うと「言霊信仰とはプラス思考、マイナス思考のことなので、ものごとはポジティブに考えるべきだ」
と思われるだろう。

もちろん、これは否定しないが、発した言葉に同音異義語がある場合、同音異義語のほうが実現するとも考えられていたのではないかと思ったりする。

例えば、「花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせし間に/小野小町」
と歌った場合、本来は「花の色はすっかり褪せてしまったなあ。春の長い雨のせいで。」という意味なのだが
「私の容色はすっかり衰えてしまったなあ。恋の物思いにふけっている間に。」という意味になって言葉がわ実現してしまうなどだ。

※『世にふる』は『世にあって時を経る』という意味だが『世』には男女関係という意味もある。
『ふる』は『降る』の掛詞である。
『ながめ』は『物思いにふける』という意味で、『長雨』と掛詞になっている。

私はこの歌には、3つの意味があると考えている。詳しくは下記に書いた。
参照/小野小町は男だった⑯(最終回) 『わがみよにふるながめせしまに』  

語呂合わせによって神が神格を広げたケースもある。
たとえば柿本人麻呂は人丸とも書かれ本来は衣通姫、住吉明神とともに和歌三神の一だが、「火止まる」から防火の神へ、「人産まる」から安産の神へと神格を広げている。

③髪に対する信仰

それでは髪の毛に対する信仰にはどのようなものがあるのか見てみよう。

❶京都・六波羅蜜寺の鬘掛地蔵・・・左手に毛髪をもっており、たくさんの毛髪が奉納されている。
❷京都・菊野大明神・・・かつて毛髪を奉納する習慣があった。縁切りにご利益あり。
❸京都・東本願寺・・・髪の毛で作った毛綱がある。
❹大分・椿堂・・・奉納された毛髪が祭られている。
❺京都・安井金毘羅宮・・・「櫛祭」飛鳥時代から現代までの髪型を結いあげた人々が練り歩く。縁切りにご利益あり。
❻京都・御髪神社・・・1961年(昭和36年)に、京都の理美容関係者によって創建された。
❼京都・金戒光明寺・・・境内にアフロ仏像(五劫思惟阿弥陀仏(ごこうしゆいあみだぶつ)がある。
❽奈良・東大寺・・・五劫院に五劫思惟阿弥陀仏がある。http://inori.nara-kankou.or.jp/inori/hihou/gokoin/event/hfpcg6qim2/
❾奈良時代、県犬養姉女が志計志麻呂を皇位につけるために称徳天皇の髪を盗んで佐保川の髑髏に入れて呪詛した。
❿遺髪の習慣

金戒光明寺 五劫思惟阿弥陀

金戒光明寺 五劫思惟阿弥陀

④鬼は髪鬼

京都の鬼は角がなく、赤熊と言われる結髪しない髪型であるものが多い。

玄武神社 やすらい祭

上は京都・玄武神社のやすらい祭を撮影したものだが、赤熊の少年たちは「鬼」と呼ばれている。
鬼は赤毛だが、黒毛もいる。

玄武神社 やすらい祭2


北野天満宮 北野追儺狂言

↑ これは北野天満宮 北野追儺狂言に登場した鬼である。

髪鬼とは、このような角のない結髪しない鬼のことを言うのだろう。

鬼といえば、酒呑童子・茨木童子などが有名だが、彼らはなぜ童子というのか。
結髪しない髪型を童形というそうで、それで鬼は童子と呼ばれているのだろう。

鬼だけでなく、人間の中にも童子と呼ばれる人々がいる。
下の写真は八瀬童子である。

山城国愛宕郡小野郷八瀬庄(現在の京都府京都市左京区八瀬)に住んでいる人々のことで、かつて延暦寺に隷属していた民であったという。
おそらく、非人と呼ばれる、中世に寺社に隷属していた人々なのだろう。
彼らは大人になっても結髪が許されず童形であったため、年齢に関係なく童子と呼ばれたという。

「大正天皇崩御」の報に接し、ただちに葱華輦を担ぐ練習を始めた八瀬童子

「大正天皇崩御」の報に接し、ただちに葱華輦を担ぐ練習を始めた八瀬童子

酒呑童子、茨木童子なども非人だったのだろう。

⑤非人は謀反の罪で処罰された人の子孫?

関西では中世より非人と呼ばれる人々がいて、坂の町などに住んでいた。
京都の八坂神社付近の坂には犬神人(つるめそ)と呼ばれる人々がいた。

842年、橘逸勢は皇太子・恒貞親王の東国への移送を画策し謀反を企てたとして、杖で打たれるなどの拷問を受けて流罪となった。
恒貞親王は廃太子となり、橘逸勢は姓を「非人」と改めさせられ、伊豆国へ流罪となり、伊豆へ向かう途中に亡くなった(承和の変)。
橘逸勢の娘、妙仲は出家して尼となり、妙冲と名乗り、父を葬って供養を続けたといわれている。
また逸勢は怨霊となったと考えられ、上御霊神社・下御霊神社などで祀られている。
(かつて、怨霊と神は同義語であったといわれる。)

ここから考えて、非人とは、謀反人の子孫ではないかと思う。
先祖の霊は子孫が供養・祭祀するべきと考えられていたので、橘逸勢の子孫は非人となり、怨霊となった橘逸勢の霊を供養・祭祀する役割を担ったのではないだろうか。



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