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トンデモもののけ辞典124 木の子 山童 ※追記あり

①木の子

奈良県の吉野地方や兵庫県の山間部や森の中にいるとされる妖怪で、同じく山にいる妖怪である山童の一種[1][2]。
外観は2,3歳から3,4歳ほどの子供のような姿で、木の葉で作った衣服、または青い色の衣服を着ている[1][3]。人間がその姿を見るとまるで影のようで、いるかいないかはっきりしないという[1]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E3%81%AE%E5%AD%90_(%E5%A6%96%E6%80%AA) より引用

木の葉で作った衣服といえばこれを思い出す。↓

少彦名神社 神農さん

少彦名神社の神農さんの像である。

神農さんは古代中国で信仰されていた医薬と農業を司る神で、日本の神・少彦名神もまた医薬の神なので習合されていたのではないかと思う。
もっとも木の子は3,4歳の子供であるのに対し、神農さんは子供のようには見えない。どちらかというと老人のように見える。

⓶山童

木の子は山童の一種であるという。
そこでウィキペディア「山童」を見てみると、次の様な内容が記されている。

①山童(やまわろ、やまわらわ)は、九州をはじめとする西日本に伝わる山に出る妖怪。
⓶河童が山の中に入った存在か?
③山𤢖(やまわろ)とも記される。「山𤢖」(さんそう)は本来、中国に伝わる妖怪の名。
④『和漢三才図会』
九州の山奥に住む。10歳程度の子供の姿。柿褐色の長い頭髪。全身が細かい毛に覆われている。胴は短い。
2本の長い脚で直立して歩く。人の言葉を話す。
筑前国(福岡県)や五島列島にも山童がいる。人に似ている。丸顔。赤毛の長髪で目にかかる。耳は犬のようにとがっている。鼻の上に目が一つ。カニやトコロ、コウゾの根を食す。
⑤山童は墨壺を嫌うので、墨壺を使って線を打っておくと近寄ってこない。(熊本県)
⑥山中で樵(きこり)の仕事を手伝ってくれることがある。礼として酒やにぎり飯をあげると繰り返し手伝ってくれる。
⑦山童に渡す礼の品物は約束した物でなければならず、違う物を渡すと山童は怒る。
仕事前に礼を渡すと食い逃げをされてしまう事もあった。
⑧河童と同様、相撲をとったり、牛や馬に悪戯を働くことを好む。
⑨人家に勝手にあがりこんで風呂に入ってゆく。山童が入浴をした湯船には脂が浮いて臭い。
⓾天狗倒し(大木が倒れて来るような音を発する)や山中での怪異は、東日本では山の神や天狗の仕業とされることが多いが、西日本では山童の仕業とされることもある。
⑪熊本県では倒木や落石の音のほかに、人間の歌を真似たり、畚(もっこ。藁などを編んで作った土などを運ぶ道具)
ダイナマイトによる発破の音などを山童が出した。

⑫西日本各地で、河童が山に移り住んで姿を変えたのが山童であるといわれる。


③鉄穴流し

⓶河童が山の中に入った存在か?
については、「トンデモもののけ辞典119 ガラッパ」の記事の「④「山ん太郎」「川ん太郎」」に書いた。
ざっとおさらいしておこう。

たたら製鉄では砂鉄の採取に『鉄穴流し』が用いられた。
砂鉄を多く含む花崗岩などがある山の付近に水路を引き、切り崩した岩石を水路に流す。
さらに洗場から大池、中池、乙池、洗樋と下流に流していく。
岩石は水路を流れるうちに破砕され、土砂と砂鉄に分離する。
土砂と砂鉄では砂鉄のほうが比重が重いので、池で水を加えてかき混ぜ、土砂と砂鉄を分別したという。
(比重選鉱法)

鉄穴流しを行うと河川下流域に大量の土砂が流出し、下流域の農業灌漑用水に悪影響を与えるというデメリットがあった。
その一方で、土地が増えることによってそこに新たな田畑を作ることができるというメリットもあった。

つまり、秋から冬には山でたたら製鉄を行った。これが「山ん太郎」。
そして、春から夏には『鉄穴流し』」で増えた土地に田畑をつくる。これが「川ん太郎」ではないか。

④秦氏と相撲

⑧河童と同様、相撲をとったり、牛や馬に悪戯を働くことを好む。
についても、同記事「③秦氏と相撲」に書いた。

❶『日本書紀』垂仁天皇代 に「野見宿禰 と当麻 蹶速 の桷力」の話がある。※桷力は相撲のこと
「野見宿禰 と当麻蹶速の桷力」は奈良県桜井市穴師にある穴師坐兵主神社 の摂社・相撲神社(地名はカタケヤシ)で行われたと考えられている。

❷穴師坐兵主神社 は 、穴師坐兵主神社、穴師大兵主神社 、巻向坐若御魂 神社 の 三 社 を合祀 した もの。
この地では、もともと穴師大兵主神社 (下社)を祀 っていた。
そこに応仁の乱 で 焼失 した 穴師坐兵主神社 (上社)が 移 り現在の形となった。
上社 焼失以 前 は 「弓月嶽 (現在の巻向山)にあり、兵主神を祀っていた。
※弓月嶽という名前は秦氏の祖・弓月君を思わせる。

❸『大倭神社注進状』 裏書 / 穴師坐兵主 神社 、穴師大兵主 神社の神体は 日矛であり、日矛は兵主神。
『延喜式神名帳』によると「兵主」と名のつく神社は20社ちかくあり、ほとんど近畿にある。特に但馬国に多い。
祭神 は、兵主神、大国主命(八千矛命、大物主命、大己貴命、素盞鳴命)
兵主神は 『記紀』に載らない神。

❹『日本書紀』/応神天皇14年、弓月君が百済より渡来した。
16年、新羅に渡を塞がれ、加羅に留 まって いた 「弓月の 民 」が渡 来する 。
『新撰姓氏録 』/「融通王 (一 に弓 月王 とい う)」 が 、 秦始皇帝 の末裔 で 、多くの民 を率 いて渡 来した。
『古語拾 遺』『新撰 姓氏録』/弓月王 が 秦氏の祖。
秦氏系渡来氏族が 弓月嶽 (現 巻向山)周辺 に も居住しており、彼らが奉じていた神が兵主神 であろう。

秦氏は兵主神を信仰する氏族であり、その兵主神を祭る穴師坐兵主神社の摂社に相撲神社があるのだ。
秦氏と相撲は関係がありそうである。

❺『延喜式神名帳 』 に は 、 兵主 と名のつく神社が19社あり、所在地には穴師の 穴という地名が複数みられる。
大和城上の穴師、坐兵主神社、穴師大兵主神社、近江野洲の兵主神社の地名は穴太、但馬出石の大生部兵主 神社の地名は 穴見。

❻穴師の地ではたたら精錬が行われていたと考証されている。
 「アナ」という地名は製錬 や砂鉄採掘 、鉱山などが確認できる。

⑤山童は炭坑節を歌っていた?

河童はたたら製鉄と関係が深いようである。すると

⑪熊本県では倒木や落石の音のほかに、人間の歌を真似たり、畚(もっこ。藁などを編んで作った土などを運ぶ道具)
ダイナマイトによる発破の音などを山童が出した。

とある理由もわかる。

鉱物を採取するために、木をきりたおして坑道を掘ったり、坑道を掘ったときに出た土を藁で運び出したり
作業を妨げる大きな岩をダイナマイトで発破したりする必要があったのだろう。
人間の歌というのは、耕夫たちが作業をしながら歌った歌のことだろうか。
労働をしながら歌う歌のことを労働歌という。

日本にダイナマイトが入ってきたのは明治ごろなので、熊本の山童は明治以降に登場した妖怪だと考えられる。
そのころ鉱山で歌われていたのは伊田場打選炭唄などだろうか。
伊田場打選炭唄は炭坑節の原曲で明治ごろに作られたとされる。
ダイナマイトを仕掛ける、運搬するなどの際に歌われたという。
木霊がはねかえったものが聞こえたのかもしれない。

残念ながら伊田場打選炭唄は伝説のある熊本県ではなく、福岡県の民謡であるが
下の正調炭坑節の歌詞には「月が出た出た 月がでた 三井炭鉱の上にでた」とある。

私が盆踊りで覚えた炭坑節は「三井炭鉱」ではなく「三池炭鉱」だった。
そして検索すると「三井三池炭鉱」があり、その坑口は、福岡県大牟田市・三池郡高田町(現・みやま市)・熊本県荒尾市にあるという。



上の地図をみればわかるように、三井三池炭鉱は福岡県と熊本県にまたがって存在しているのだ。

伊田場打選炭唄は見つからなかったので、正調べ炭鉱節を。



⑤山童はなぜ一つ目なのか。

山童は一つ目で描かれているが、一つ目は鉱山の神の特徴である。
なぜ鉱山の神が一つ目なのかというと、たたら製鉄では片目をつぶって火の温度をみるため、片目を失明することが多かったのだという。

鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「山童」

鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「山童」

⑨人家に勝手にあがりこんで風呂に入ってゆく。山童が入浴をした湯船には脂が浮いて臭い。

とあるのは、炭坑で働く人は真っ黒けに汚れるためではないかと思う。

⑥山童が墨壺を嫌う理由

⑤山童は墨壺を嫌うので、墨壺を使って線を打っておくと近寄ってこない。(熊本県)
⑥山中で樵(きこり)の仕事を手伝ってくれることがある。
⓾天狗倒し(大木が倒れて来るような音を発する)や山中での怪異は、東日本では山の神や天狗の仕業とされることが多いが、西日本では山童の仕業とされることもある。

とあるのは、鉱山の神というよりも、妖怪「木の子」的な特徴のように思える。

墨壺

城南宮 釿始め

向かって左の人が手に持っているテープカッターのようなものが墨壺で、中に墨を含ませた綿がはいっている。
墨壺から糸をひきだすと、糸に墨がつく。

墨壺2

城南宮 釿始め

墨のついた糸をピンと張り、指ではじくと木材に真っ直ぐな線をひくことができる。

山童が墨壺が嫌いなのは、山童が木の子であり、墨壺を用いて木材に記しつけされたあとは、鋸で切断されてしまうためではないだろうか。

しかし、山童が炭鉱の神だとすると、炭坑で採掘するのは石炭である。
私は石炭を触ったことがないのだが、石炭を触ると墨がついたように黒くなると聞いた。
そのことと、山童が墨壺を嫌うことと関係があるのかもしれない。

おまけ



※追記/山童が歌ったのは炭坑節と書いたが、ゴットン節なるものもあり、ウィキペディアは炭坑節の種類の一つとしてあげている。

ゴットン節は明治時代の中ごろ、佐賀県の唐津炭田の炭坑マンが石炭景気にわき始めた筑豊に持ち込み、定着し、広まった。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/248544/ より引用

とあり、ルーツは佐賀県唐津炭田なので、熊本県に出没したといわれる山童が歌ったのは炭坑節のほうかもしれないが。
歌詞は130以上あり、当時は女子供も炭坑で働いていたと記されている。

・汗をふく手に乳房が揺れる 可愛いぼうやを思い出す ゴットン
・七つ八つからカンテラさげて 坑内さがるも親の罰 ゴットン
・ヤマの坑夫が人間ならば 蝶々とんぼも鳥のうち ゴットン
・赤い煙突目当てに行けば 米のマンマがあばれ食い ゴットン

 



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