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シドモアが見た明治期の日本④ 横浜3  ※追記あり※追記の追記あり


ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳  講談社学術文庫」よりの引用です。


❶妙法寺 杉田梅林


p59
海や桜の林の中に古刹[妙法寺]があり、二月と四月の梅や桜の咲く時期、ここでも日本二代花の祭典が祝われます。

p60
梅の開花は春一番の前触れです。毎年決まって宮廷貴婦人、たくさんの皇族方、偉い役人が杉田梅林にやってきて、山手地区の下に咲く花のうねり、古刹門前のピンクや深紅の雲海に包まれた梅林を見物します。梅の死性器が過ぎると、杉田は全く無視されます。緑茂る絶壁を背景に湾の曲線部に位置する小漁村はいつも平穏で、ペリー提督の艦隊が錨を下ろし、突端部を条約岬[本牧鼻]と名付けた当事そのままです。

p61
海岸にはサンパン船団が浮かび、人力車が丘陵を一レ悦になって進んでいきます。信心深い巡礼がと歩で訪れ、遠乗りの人馬が固く長い砂浜を走り過ぎます。


残念ながら妙法寺の桜は見つからなかった。


間宮家の菩提寺で、間宮林蔵の墓があるそうだ。


間宮林蔵は1799(寛政11)年に師の村上島之允に従って、蝦夷地に渡った人物である。
彼は蝦夷で20年近くにわたり、新道開発、植林、測量などを行った。
1808(​文化)5年から翌年にかけ、樺太探査を行い、樺太が島であることを確認した。
また中国大陸の調査も行っている。
​大陸と樺太の間の海峡は間宮林蔵にちなみ、間宮海峡と名付けられている。




妙法寺開基の日荷上人が、ひとりで仁王像をかついで身延山に奉納したという伝説があり、足腰の守護神として崇拝されている。


杉田梅林は、現在はかなり規模が減少しているらしい。

http://theyokohamastandard.jp/article-4591/


上記に『東都花暦十景 東都花暦・杉田ノ梅』 渓斎英泉 [国立国会図書館蔵]が掲載されている。
円錐形のものは何だろうか。

http://human-university.com/shirakawa-go/read/column/nature/kayanyu


茅ニュウだろうか?

https://yamashiro-kayabuki.co.jp/%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A4%EF%BC%95%E3%80%8C%E5%9C%9F%E3%81%8B%E3%82%89%E5%B1%8B%E6%A0%B9%E3%81%AB%E3%80%81%E5%B1%8B%E6%A0%B9%E3%81%AB%E3%81%8B%E3%82%89%E5%9C%9F%E3%81%AB%E3%80%8D%EF%BC%96/


上記は、ヨシ狩りをして、円錐の形に立てかけたものである。
これに似ているようにも思えるが、このヨシは何に用いるのだろうか。記事には説明がない。


※追記 海辺に屋根の材料である蚊帳を保管するというのは、考えてみればおかしい。
ヨシ(葦)は塩分にたえて海辺に生えるので、これを刈り取って干してあるのかもしれない。
※追記の追記
海にヨシは生えないという意見をいただいたので、もう少し考えてみようと思う。


p61
娘らはみな薄着で、ゆったりした長袖姿、飾り立てた髪型、内股歩きで働き、古風で趣ある不思議な魅力にあふれ、「ほんとに興味尽きない”生きた人物画”です。


https://sugitaume.com/

↑ シドモアの文章にぴったりな絵をみつけた。


境内には牛頭天皇殿がある。
牛頭天皇は京都の八坂神社の御祭神で疫神である。
スサノオと習合されていた。


三十番神堂もある。
三十番神は毎日交替で国家や国民などを守護するとされた30柱の神々である。
現在では31日まである月があるが、旧暦ではひと月の日数は29日か30日だった。


最澄が比叡山に祀ったことを起源とし、中世以降は特に日蓮宗・法華宗(法華神道)であつく信仰されている。

1 熱田大明神 熱田神宮

2 諏訪大明神 諏訪大社

3 広田大明神 広田神社

4 気比大明神 気比神宮

5 気多大明神 気多大社

6 鹿島大明神 鹿島神宮

7 北野大明神 北野天満宮

8 江文大明神 江文神社

9 貴船大明神 貴船神社

10 天照皇太神 伊勢神宮内宮

11 八幡大菩薩 石清水八幡宮

12 加茂大明神 上賀茂神社・下鴨神社

13 松尾大明神 松尾大社

14 大原大明神 大原野神社

15 春日大明神 春日大社

16 平野大明神 平野神社

17 大比叡権現 日吉大社西本宮

18 小比叡権現 日吉大社東本宮

19 聖真子権現 日吉大社宇佐宮

20 客人大明神 日吉大社白山姫神社

21 八王子権現 日吉大社八王子社

22 稲荷大明神 伏見稲荷大社

23 住吉大明神 住吉大社

24 祇園大明神 八坂神社

25 赤山大明神 赤山禅院

26 建部大明神 建部大社

27 三上大明神 御上神社

28 兵主大明神 兵主大社

29 苗鹿大明神 那波加神社

30 吉備大明神 吉備津神社

p63
絵の様な鳥居の列を抜けていくと、朱塗りの神社にたどりつきますが、その祠は貂の檻ほどの大きさもありません。鳥居とはあらゆる日本的風景や絵画の一部として構成される骸骨門です。


❷円海山護念寺


p64
モグサ[灸]の医療効果に自信を得た老僧が、あえて町から離れこの地で治療に専念しています。


神奈川県横浜市磯子区にある浄土宗寺院。
5代万随は筑前国の生まれで、1808年(文化5年)に護念寺に入山した。
大威徳明王の「霊灸で人々を救済せよ」との夢告げがあり、万随は関東一円・甲斐国・伊豆国などを行脚して、人々に灸を施術した。
近隣の人々は灸をうけるため護念寺を訪れてるようになり、「峯の灸」として知られるよになった。
江戸時代の古典落語『強情灸』の舞台にもなった。


現在でも予約すればお灸が受けられるそうである。


p65
中では老僧が患者の背中に神聖な文字を書き、付添人に練モグサの塊を置く位置を示しています。別の付添人は患者の列に入り、円錐形のモグサに火をつけます。ゆっくり赤くなって燃え、数秒間の苦悶とともにジューと音を立て肉体から煙が上がります。僧侶がお経を読み、勘定を計算する間、病人は呻き声を抑え堪えます。それでも、パリ人民の白熱アイロンで焦がす拷問に比べたら、モグサ治療は快適なほうです!?

焼印による刑罰のことだろうか。パリではこのようなことが行われていたのだろうか。ちょっとわからない。

p66
日本人はリューマチ、腰痛、中風をモグサ治療に委ね、痛み、病すべてこれに頼り、ときどき労務者の背中や脚に、鮮やかな模様が残っているのを目にします。


❸鹿野山神野寺 九十九谷


p66
鹿野山は長い舌状の陸地[房総半島]にある最も高い山です。そこには壮麗な古刹[神野寺、聖徳太子創建]があり、めったに外人は訪れませんが、この栄光の地で九十九谷、江戸湾、太平洋、さらに不変不動の富士ヤマの景観が堪能できます。



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鹿野山九十九谷


❹横須賀


p66
横浜から一五マイル[二四キロ]南へ下った横須賀には、米国のアジア艦隊も恥をかくような立派な艦隊とともに日本政府の兵器工場、海軍工廠、乾ドッグがあります。政府は海軍艦船の建造と購入の両方を実施し、ある軍艦はこのドッグで造り、また別の軍艦は英国グラスゴー造船所に建造させています。


シドモアが海軍工廠と書いているのは、横須賀造船所のことだ。
幕末の1865年(慶応元年)、江戸幕府の勘定奉行小栗忠順の提案にもとづき、フランスの技師レオンス・ヴェルニーの指揮により横須賀製鉄所として開設された。


1871年(明治4年)横須賀製鉄所から横須賀造船所と改称された。
1903年(明治36年)、横須賀海軍工廠となり、多くの軍艦が製造された。

工廠とは軍隊直属の軍需工場のことである。

第二次世界大戦後は在日米軍の基地となっている。


乾ドックとは、船体の検査や修理などのために水を抜くことができる湾入状・袋状の平面形の土木構造物のことである。


❺浦賀





p67
ミズアメ[水飴]、つまり粟蜜を作っている浦賀の町は、港沖にペリー提督が最初に錨を下した所として二重に有名です。まるで絵のように可愛らしく清潔なこの町は、琥珀色の甘美な歌詞の生産に専念し、店構えの篩老舗が優れた品質の水飴製造を三〇〇年以上も変えずに続けています。

~略~
また、これは健康によく効く食品として勧められ、今では「胃弱や肺病には、特に有効性あり」と日本在住の外人内科医にも認知されているほどです。日本のどこで作られようが、この薬用水飴は浦賀特産です。


https://www.townnews.co.jp/0501/2017/12/15/411747.html


↑ こちらの記事には次のような内容が記されている。


・浦賀の水飴は江戸時代中期から昭和初期まで、「浦賀名物」として有名だった。
・物流の拠点として栄えた浦賀には穀物が大量に運び込まれ、水飴の製造も盛んだった。
・江戸時代後期に編纂された「相模国風土記稿」には、浦賀に8軒の水飴製造業者が存在していたと記されている。
・明治12年には国内勧業博覧会で褒章を受け、同21年にはパリ万国博覧会にも出品された。


日本のどこで作られようが、この薬用水飴は浦賀特産です。

というのはどういう意味なのだろうか?


p67
大道芸人は小さなパトロン[子供]のために水飴を捏ねてペースト状にし、パイプで吹いて無数の幻想的形を想像します。また特筆すべきは、最高級の大宴会はもちろんのこと、天皇の食卓にも登場し、幻想的花となってあらゆる御馳走を華やかに飾り立てていることです。

ここに登場する大道芸人とは飴細工の実演販売をする人のことだろうか。
子供のころ小学校の門の前に飴細工の屋台がやってきていて、器用に馬や猫などをつくるのを見た記憶がある。

 




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