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トンデモもののけ辞典102 『カーカンローの正体は井戸の水に映った子供の姿だった?』



朱里石畳のカー

朱里石畳のカー

①カーカンロー

沖縄県に伝わる妖怪。井戸に潜んでおり、覗き込んだ子供を引きずり込むという。水面に映る影を抜かれると病になるともいわれる。
より引用

カー」は井戸を
「カンロー」は子供を意味する。

検索すると確かに井戸のことは「カー」というとある。
しかし子供は「ワラバー」とでてくる。
複数の表現があるということかもしれない。

瑞泉門には「龍樋」という名の泉があり、龍の頭の形をした銅製の樋から水が流れ出している。ここには「中山第一甘露」の石碑があり、中国の冊封使が18世紀前半から19世紀後半にかけて残した碑刻(冊封七碑)がある。

とあるので「井戸(カー)の甘露(カンロー)」という意味ではないかと思ったりもした。

甘露について、goo辞書には次のようにある。

1 中国古来の伝説で、天子が仁政を施すと、天が感じて降らすという甘い露。
2 《(梵)amṛtaの訳。不死・天酒の意》天上の神々の飲む、忉利天 (とうりてん) にある甘い霊液。不死を得るという。転じて、仏の教え、仏の悟りにたとえる。
3 煎茶の上等なもの。
4 夏に、カエデ・エノキ・カシなどの樹葉からしたたり落ちる甘い液汁。その木につくアブラムシから分泌されたもの。
5 「甘露酒」「甘露水」の略。
[名・形動]非常においしいこと。甘くて美味なこと。また、そのさま。「ああ、―、―」


首里城・瑞泉門にある泉「龍樋」にある「中山第一甘露」の石碑には、中国の冊封使が18世紀前半から19世紀後半にかけて残した碑刻があるという。

中山とは現在首里城のある地名であり、首里城の別名でもある。
「中山第一甘露」とは首里城の一番目の甘い水、というような意味で
この龍樋の水が湧き出るのは、琉球王の仁政を天が感じて湧き出させた、というような意味も込められているのかもしれない。

冊封使とは、中国王朝の皇帝が付庸国の国王に爵号を授けるために派遣する使節のことである。

ということは「カーカンロー」とは「井戸の甘露」という意味かもしれないと思ったりするが、どうだろうか。(自信なしw)

⓶井戸は閻魔庁へ通じる入口

井戸といえば平安時代の官僚だった小野篁が六道珍皇寺にある井戸から閻魔庁へ通っていたという伝説を思い出す。
通常、この井戸は公開されておらず、手持ちの写真がない。
下記サイト2枚目にその井戸を撮影した写真があるので、そちらを見ていただきたい。

ともかく、井戸は閻魔庁に通じる入口なのだ。

六道珍皇寺

③沖縄のナンカスーコー

沖縄ではどうだろうか。

沖縄では「七日焼香(ナンカスーコー)」といって、葬儀から四十九日までの間、七日毎に法要を行う習慣があるという。

初七日・タナンカ(二七日)・ミナンカ(三七日)・ユナンカ(四七日)・イチナンカ(五七日)・ムナンカ(六七日)
シジュウクニチ(四十九日)
と本土の習慣と同じである。

ちなみに本土では
初七日(ショナノカ)・二七日(フタナノカ)・三七日(ミナノカ)・四七日(ヨナノカ)・五七日(イツナノカ)・六七日(ムナノカ)四十九日(シジュウクニチ)と発音する。

沖縄のは、死者の魂がゆるされるよう、遺族らが地獄の裁判官に許しをこうのがナンカスーコーであり
これによって、死者の魂は地獄におちずに済むとされる。

① ハチナンカ(初七日)・・・不動明王(秦広王)が必要のない殺生があったかどうかについて裁く。
② タナンカ(二七日)・・・三途の川を渡る。生前の所業によって川の流れや状況が変わる。
善人は川に橋が掛けられる。川を渡り切ったところで懸衣翁・懸衣嫗が、故人の着物がいかに濡れているかを重さで確認して、釈迦如来(初江王)に伝える。
③ミナンカ(三七日)・・・文殊菩薩(宋帝王)が生前の貞節を調べて裁き「邪淫の罪」が下されます。
④ユナンカ(四七日)・・・普賢菩薩(五官王)が天秤を使って生前の言動を裁く。
⑤イチナンカ(五七日)・・・地蔵菩薩(閻魔大王)が生前の悪行全てを映し出す「浄瑠璃の鏡」を用いて裁く。
⑥ムナンカ(六七日)・・・弥勒菩薩(変成王)がユナンカの五官王の天秤と、イチナンカの閻魔大王の浄瑠璃の鏡から、最終的な裁きを検討する。
⑦シジュウクニチ(四十九日)・・・最後の裁きが下り、六道のどこへいくかが決定される。
悪人は「地獄・餓鬼・畜生・修羅」へ、普通の人は「人の道」、善人は「天の道」へ。
 
詳しくはこちらの記事をお読みください。
http://arhrnrhr.blog.fc2.com/blog-entry-852.html(滋賀県・真如寺の地獄絵に描かれた中陰)

残念ながら沖縄における井戸と地獄の関係はわからなかったが、これだけ本土と沖縄の習慣が似ているのであれば
沖縄においても、井戸を地獄の入り口とみなす信仰はあったかもしれない。
(詳しい方、教えてください!)

だとすると、井戸に潜んで、覗き込んだ子供を引きずり込む妖怪とは、地獄の死者だと考えることができるだろう。

千本えんま堂狂言

千本えんま堂 閻魔像

④妖怪・カーカンローの正体は、井戸の水に映った子供の姿?

もうひとつ、カーカンローについて思いつくことがある。

曽爾高原のお亀が池に伝わる次のような伝説である。

伊勢国・太郎生村出身のお亀は曽爾村の男の嫁になり、毎日、太郎路池の水を溜めた井戸の水を鏡替わりにして化粧をしていた。
あるとき井戸の水に美しい男性の顔が映り「今夜、太郎路池のほとりに来て欲しい」といった。
それ以来、お亀は夜になると出かけるようになった。
男が理由を尋ねると『子供を授かるように水垢離をしている。』と言いったた。
お亀は男児を出産し、姿を消した。
夫はお亀を探して太郎路池のほとりへやってくるとお亀が現れて子供に乳を飲ませた。
そして「二度と私を探さないでください」と言って姿を消した。
夫は懲りずにまた太郎路池に行きった。
するお亀が蛇となってあらわれ「二度とくるなと言ったのに、なぜ来た?」と言って夫に襲い掛かった。
夫はなんとか逃げ帰ったが、すぐに亡くなった。
お亀は野火から山火事になった時、焼けて死にました。
もとはこの池は太良路池といっていたが、このお亀の事件があってからお亀ヶ池というようになりった。
またお亀が襲い掛かった場所を「大口」、一直線に追いかけてきたところを「立堀(たてほり)」、大蛇が疲れて休んだところを「弊足(びょうそく)」、水を飲んだところを「水舌(みずのみ)」と地名が残っている。

井戸に映った美しい男性とは、鏡に映ったお亀の姿だと考えられる。
とすれば、井戸を覗き込んだ子供を引きずり込む妖怪・カーカンローの正体は、井戸に映った子供の姿だということになる。

お亀が池

お亀ヶ池

⑤実像が虚像にいれかわる物語

他にも思い浮かぶ物語がある。
記紀に記述のある、雄略天皇と一言主大神が狩をしていて出会ったエピソードである。

雄略天皇が葛城山に登る時、向かいの山の尾根伝いに山に登る人たちがあった。
その一行は天皇の一行とまったく同じいでたちをしていた。
雄略が『この大和の国に私をおいてほかに大君はないのに、今誰が私と同じ様子で行くのか』と問うと、向かいの山の方から、全く同じ返答が返ってきた。
雄略やお供の者が怒って矢を弓につがえると、向こうの人たちも矢をつがえた。
雄略が『そちらの名を名乗れ。そしてそれぞれが自分の名を名乗って矢を放とう。』と言うと、『私が先に問われた。だから私が先に名乗ろう。私は悪いことも一言、良いことも一言、言い放つ神。葛城の一言主の大神である。』と返事が返ってきた。
これを聞いた雄略は畏まり、『おそれおおいことです。わが大神よ。現実の方であろうとはわかりませんでした。』
と言い、自分の刀や弓矢、お供の着ている衣服も脱がせて拝んで献上した。
一言主大神は、手を打ってそれを受け取り、雄略が帰る時、一言主大神一行が雄略を長谷の入口まで送った。 

雄略天皇と全く同じいでたちをし、同じ言葉を返す一言主大神とは木霊(山彦)を神格化したものなのではないだろうか。

お亀&美しい男性は「水鏡」、雄略天皇と一言主大神は「木霊(山彦)」だが
どちらも、実態と虚像(影、山彦)の話という点で一致する。

一言主神社 公孫樹

葛城一言主大神

一言主大神は雄略天皇を長谷(奈良県桜井市)まで送っているが、長谷とは死の国の喩えだと思う。

長谷の枕言葉は『隠国(こもりく)の』だが、『隠国の』は『志多備』の枕詞でもある。
『志多備国』とは『黄泉の国』のことである。
『隠国』とは『志多備国』『黄泉の国』のことで『長谷』は死の国なのではないだろうか。

長谷という地名は葬送の地を意味していると聞いたこともある。
今でも長谷寺の奥の院あたりにはたくさんのお墓がある。

長谷寺 牡丹3

長谷寺

「名前を問われたほうが先に名乗る」というような習慣があったのだろうか。
雄略天皇はそれを忘れてうっかり「それぞれが自分の名を名乗って矢を放とう」と言ったので
木霊(山彦)である一言主大神が、『私が先に問われた。だから私が先に名乗ろう。」と言って名をなのって矢を放ち、
雄略天皇は矢で射抜かれて崩御してしまったということだと思う。

⑥一言主大神は女神だった?

余談となるが、一言主大神は女神だと考えられる。
というのは雄略天皇がこんな歌を詠んでいるからだ。

籠(こ)もよ み籠持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串持ち この丘に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ しきなべて われこそ座(ま)せ われこそは 告(の)らめ 家をも名をも

(ヘイ彼女。いい籠持ってるじゃん。いいヘラ持ってるじゃん。この丘で菜を摘む彼女、家はどこ?名前はなんてーの?
大和の国は僕ちんが治めてるんだよん。僕ちんこそ名乗っちゃうよ。家柄も名前も。/友人による現代語訳)

これに対して彼女はこう答えたのではないかと思う。

『私が先に問われた。だから私が先に名乗ろう。私は悪いことも一言、良いことも一言、言い放つ神。葛城の一言主の大神である。』

一言主神は狩りをしていた。一方娘は菜を摘んでいた。二人は違うことをしているので、同一神ではないのではって?

しかし、狩りと菜摘みは関係がある。

狩りは鹿狩り、菜摘みは薬草を摘むことではないかと思う。
鹿狩と薬草摘みはどちらも古には旧暦5月5日に行われる行事で、薬狩りと呼ばれていた。

一言主神も娘も薬狩りをしていたということで共通点があるので、同一神ではないかと思うのだ。

平安時代の「日本霊異記」や「今昔物語集」にはこんな話が記されている。

役行者は鬼神たちに葛城山と吉野金武峰山を結ぶ橋をかけるよう命じたが、一言主神は顔が醜いのを気にして夜しか働かなかったため橋は完成しなかった。
これに怒った役行者は一言主神を呪術で縛り付けた。

容姿を気にするあたり、やはり一言主神は女神じゃないのかな、と思ってしまう。

祇園祭・役行者山の御神体 中央が役行者、向かって右は葛城神、向かって左は一言主神

祇園祭・役行者山の御神体 中央が役行者、向かって右は葛城神、向かって左は一言主神

⑦カーカンローはギリシャ神話の影響を受けている?

もうひとつ、思い出す話がある。ギリシャ神話の「ナルキッソス&エーコー」の話である。

ナルキッソスはアプロディーテーに魔法をかけられ、愛された相手を拒むようになった。
エーコーはヘーラーに他人の言葉を繰り返すことしかできないように魔法をかけられていた。
ナルキッソスはそんなエーコーを退屈に思い、振ってしまう。
侮辱を罰する神・メネシスはこれを見て、ナルキッソスが自分しか愛せないように魔法をかけた。
ナルキッソスは泉に映った自分に恋し、水面に映った自分に口づけしようとして泉に落ちて死んた。
ナルキッソスが死んだあと、水辺には水仙の花が咲いていました。(ギリシャ神話)

ナルキッソス

カラヴァッジオによって描かれたナルキッソス

エーコーは木霊(山彦)の神だが、一言主大神も木霊(山彦)の神だと考えられる。
雄略天皇と同じ言葉を返しているからだ。

そしてナルキッソスは水鏡に映った自分の姿に恋しますが、雄略天皇の木霊だと考えられる一言主大神は雄略天皇と同じ姿をしていたとある。

ナルキッソスが拒んだエーコーとは鏡に映った自分の姿(性別は男から女に変わっているが)だったのではないだろうか。

つまり、ナルキッソスは自分の虚像であるエーコーを退屈に感じていたが
メネシスに「自分しか愛せないように」魔法をかけられたため、自分の虚像(水鏡に映った自分の姿)であるエーコーを愛し
そして、ナルキッソスとエーコー(水鏡に映ったナルキッソス)は立場が逆転し(一言主大神と雄略天皇の立場が逆転したように)
ナルキッソスが虚像(エーコー)となり、虚像のエーコーが実像(ナルキッソス)になってしまったという話のように思える。

このように考えると、「一言主大神&一言主大神」の話は「ナルキッソス&エーコー」の話に大変よく似ているように思われる。

他にもオルフェウスが妻エウリュディケを連れ戻すため 冥界 にいき、冥界の王ハデスが「後ろを振り返ってはいけない」といわれたのに、振り返ってしまったため、妻を連れ戻せなかったという話があり
これは記紀神話にある、イザナギがイザナミを連れ戻すため黄泉の国へいったが、イザナギはイザナミとの約束を破って振り向いてイザナミの姿をみてしまったため、二人は決別したという話によく似ている。

もしかすると記紀神話はギリシャ神話の影響を受けているのかもしれない。
日本はシルクロードの東の到達点で、パルテノン神殿と同様のエンタシスの柱が法隆寺や唐招提寺にあることを考えてもあり得そうに思える。

沖縄にこれに類似した話はあるかどうか、知らないのだが(これから調べてみる 汗)
カーカンローも、ギリシャ神話の影響を受けているのかもしれない。

つまり妖怪・カーカンローとは水鏡に映った子供の姿であり、ナルキッソスが水鏡に映った自分の虚像に恋をして水におちたように、井戸を覗き込んだ子供もまた井戸に落ちてしまったという話ではないかと思ったりする。



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