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ミトコンドリアDNAのみ語ってY染色体DNAを語らないのは変では(竹田学校)※追記1、追記2あり


①アイヌは目が青いのか?

00:30 よく言われるのはアイヌ人てみた感じもちょっと普通の日本人と違うと。目が青い。

アイヌ人だけでなく、東北地方にも青い目の人がいると聞いたことはあるが、お会いしたことがなくよくわからない。
アイヌ人の方々の写真を見ると黒い瞳をしておられるように見える。多くのアイヌ人の瞳は黒いのではないだろうか。

⓶アイヌ語が別言語は事実

00:41 それからアイヌ語はこれ明らかに日本語じゃないんですよね。文法も違うわけですよ。

アイヌ語が日本語とはかなり異なる言語であることは確かなようだ。
この件について竹田さんは詳しく説明されていない。
下記動画が詳しい。

 

アイヌ語について述べられたところをまとめてみる。

基本的なアイヌ語の単語は日本語に似ていない。
あえて探せばそれらしい単語も見つかるが、少数。
文法もアイヌ語と日本語は全く異なる。
基本的な文系は sov 主語目的語動詞の順でこの点は日本語と同じ。
❺抱合語。東シベリア・アメリカ先住民族・シベリア諸語・アメリカ先住民署語などと共通の特徴を持つ。
動詞に主語及び目的語 (授与動詞では間接目的語も)の人称および数を示す接辞がつけられ
さらにその他の意味を加える接辞(動詞の相や体、先行名詞との関係を示す関係詞的なものなど)
が付加されて動詞だけでも文に相当する表現が可能。
なお名詞でも体の部分など特に個人と切り離せない関係にあるものには、所有者を示す所有接辞が必須的に付加される。
❻20進法。
60・・・3つの20と表現
フランス語も20進法

文章を読んでもよくわからないが、とにかく日本語とはちがうということは理解できるw

つまり竹田さんが「アイヌ語はこれ明らかに日本語じゃないんですよね。」といっているのは正しいということである。

③純粋に歴史学、考古学として考えてみる。

01:11 近年は法律もできましたね。アイヌを特別扱いするというそういう法律もできましたし
アイヌは日本の北海道の先住民族だという話もありまして、しかもそれにいいタイミングでですね
いまいましいことにロシアがアイヌ人というのは自分たちの同じ系統なんだと
ロシア系なんだなんてことを言い始めちゃって
要するに北海道もロシアの領土だと言いたいみたいですね。

「アイヌを特別扱いする法律」とは「アイヌ新法」のことを言っているのだろう。

「アイヌ民族支援法」(アイヌ新法)はアイヌの人びとを日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であるとの認識を示し、
アイヌの人びとの誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進について国や自治体が責務を負うことを定めています。

例えば、地域の活性化を目指してアイヌ文化を活かした事業を計画する市町村が国の認定を受けて交付金を受給する仕組みや、
独自の文化を継承していくためにアイヌ民族の儀式で用いる樹木の国有林での採取や、自治体の許可が必要な川での伝統的なサケ漁の手続きの簡素化などの規制緩和も盛り込まれています。


「ロシアがアイヌ人というのは自分たちの同じ系統なんだと、ロシア系なんだなんてことを言い始めちゃって」
というのは、この記事のことを言っているのだと思う。

プーチン氏は以前、『アイヌ民族をロシアの先住民族に認定する』という考えを示した(2018年12月、モスクワでの人権評議会)。
北方領土への不法占拠が続くなか、今度は北海道が危ない。
ロシアが『アイヌ民族保護』を名目に北海道に乗り込んでくる危険性がある。
ロシアのような独裁国家が今回と同じく、自国民の保護を名目に他国を力で侵略し、国家承認することがまかり通れば、
世界の秩序は完全に崩壊する。日本を含む国際社会はこれ以上、プーチン氏を増長させてはならない。


また モシㇼ コㇽ カムイの会 がプーチンにこんな書簡を送ったという記事もある。
(実際におくったのかどうか、この団体がどのくらいの規模なのかについては不明)

・クリル諸島をアイヌ民族の自治州/区としてください。
・クリル諸島沿海域をアイヌ民族による漁業資源管理エリアとしてください。
・クリル諸島の自然環境を保全してください。とくに南クリル地域については、UNESCO世界自然遺産登録地である知床半島(北海道島)との一体的な保全管理をご検討ください


歴史と政治には密接な関係があるが、政治的意図を念頭においた歴史学・考古学は、学問ではなく
プロパカンダ(特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った行為)である。

ここでは、このような事情はいったんおいておいて、ここでは純粋に歴史学・考古学として考えてみたい。
(歴史・考古学に無知な私が言うのも変だがw)

④岩宿時代にアイヌはいなかったが、日本人もいなかった。

02:22 岩宿時代は石器が作られたり3万8000年前から始まりましたよね。
この時どんな時代だったかということなんですけども、3万8000年前は今と違って寒冷期ですので
とても寒くて海面の高さが今よりだいぶ低かったわけなんですね。
~略~
本州・北海道そして樺太・大陸というのはですね、ひとつの通路のようにつながっていたという風に見られます。
~略~
岩宿時代ねこの時代に、3万8000年前から始まったこの岩宿時代に、北海道に住んでたの何人でしょうか。
岩宿人なんですね。
前回ね、ちょっと言いましたけどもまあいろんないくつかの系統の人が日本列島に来て、
うほうほとかから始まって気づいたら共通の言葉を持つようになったって話をしましたよね。
そして北海道から沖縄までほぼ均一の文化になったんですね。
同じように磨製石器を作るようになり、磨製石器が出る遺跡は北海道から沖縄へ出るんですね。
~略~
岩宿時代はアイヌ人は北海道には住んでません。

3万8000年前の地図を調べたが、本州・北海道そして樺太・大陸が繋がっているというのは、そのとおりだった。
岩宿時代に、北海道にアイヌ人が住んでいなかったというのもそのとおりだろう。
但し、日本人も住んでいなかったと言える。

その理由を説明する。

岩宿時代の後の時代、縄文時代には、日本列島には縄文人が住んでいた。
その後縄文時代が終わって弥生時代になり、弥生時代には日本列島には弥生人が住んでいたとされる。

その弥生人は大きく分けて3種類あったと考えられる。
①縄文系弥生人
⓶渡来系弥生人
③①と⓶の混血

「NHKが縄文人を加工して弥生人と偽った」という誤った情報が拡散されているので
納得できない人も多いかもしれない。

しかし「NHKが縄文人を加工して弥生人と偽った」というのは、デマであって、NHKの本の写真は加工されていないし、ある人が「NHKが加工した」と主張する写真のタイトルは、弥生人ではなく、縄文人なので
「縄文人を加工して縄文人と偽った」と言うおかしな主張になってしまう。
放送のほうで縄文人と弥生人を比較した映像はあったが、CGであり、その人が見せているような写真ではない。
またCGを作成したのはNHKではなく、ひとりの研究者である。

これについては下記記事で詳しく説明したので参照してほしい。

またこのような記事がある。

東京でサンプルを取った本州の人々では縄文人のゲノムを約10%受け継ぐ一方、北海道のアイヌの人たちでは割合が約7割、沖縄県の人たちで約3割だった。

本州の人々は縄文人のゲノムを10%しか持っていないのだ。
渡来人がやってきたということがなければ、もっと多くの現代人が縄文人ゲノムをもっているはずだと思うが、どうだろうか。
そして弥生時代初期の人骨が、同時期の中国で発見される人骨に似ている、などの研究もあって
弥生時代に渡来人がやってきたと考えられているのである。

そして弥生時代を経たのちに国らしいものが成立する。

一方、北海道は寒冷な気候が稲作に向かなかったため、渡来人は北海道まで足をのばすということはなかったと考えられている。
おそらくだが、渡来人の特徴を持った人骨が北海道では発見されていないということではないかと思った。

簡単に書くとこんな感じになる。

本州以南・・・岩宿人→縄文人→弥生人(渡来人と縄文系の混血がすすむ)→ 日本人
北海道・・・・岩宿人→縄文人→続縄文時代(アイヌ人?)→擦文文化(アイヌ人?)→アイヌ人

これで岩宿時代人や、縄文人が日本人とはいえないことが理解していただけたと思う。

⑤なぜアイヌが13世紀に現れたといえるのか。

05:53 アイヌ人が北海道に現れたのは13世紀です。アイヌ文化は13世紀より前は存在しません
~略~
なんでこんなことが分かるかっていうのをですね、まあ徐々に見ていくだけなんですけども

とおっしゃるので、ずっと聞いたが、13世紀にアイヌ人が現れることについての根拠は述べられていない。

これについても、上の動画 /何??「アイヌは先住民族ではない」→???→調べてみた。
で説明されている。

内容をまとめてみる。

①竪穴式住居は縄文時代に作られていたもので、その起源は1万年前まで遡る。
しかしアイヌ文化の担い手たちは掘立柱建物に住んでいた。
縄文時代にはこの形式は祭壇や見張り台に使用されていた。
1万年間竪穴式住居が作られてきた北海道の地でなぜ800年前から異なる方式の住居が作られるようになったのか。
縄文→続縄文→擦文の変化は段階的スムーズであるのに対し
擦文アイヌの変化には断絶がある

⓶アイヌ文化は北海道限定で出現しておりしかも得意なものでした。
アイヌ文様の独特の入れ墨の習慣のトリカブトの毒を使った毒矢による狩猟は本州には見られない

これに対し、瀬川拓郎さんの「アイヌと縄文」には次のような内容が記されていた。

①擦文文化ののちの時代をアイヌ文化と呼んでいるが、ニブタニ文化と呼ぶべき。
②アイヌ文化とはアイヌ語、口承文芸、模様、祭祀、儀礼、生業など近世アイヌの生活文化全体をさす。
③考古学でいうアイヌ文化は擦文文化に続く平地住居・鉄鍋・漆塗椀などの物質文化の組み合わせをさす。
一般的な意味でのアイヌ文化とは異なる。
④考古学の文化の設定はその文化に特徴的な物質文化や遺跡がみつかった土地の地名をつける。
⑤アイヌ文化は民俗の名前をつけてしまったため、「13世紀になってアイヌ人がどこからかやってきた」と誤解が生じている。
⑥擦文文化からアイヌ文化への移行はゆるやかで連続的。人間集団の交代を想定する研究者はいない。
⑦よって、ニブタニ遺跡の名前にちなんで、ニブタニ文化と呼ぶべきである。
⑧11世紀ごろ、竪穴式住居が平地住居におきかわり、土器が漆器・鉄鍋におきかわったのは、日本海沿岸だけ。
その他の地域では12世紀から13世紀初めごろまで土器と竪穴住居が用いられていた。

⑥アイヌははプログループY1を20%持っている。

竹田さんの話の続きを聞いてみよう。

岩宿時代北海道に住んでいたのは北海道岩宿人であり、その子孫が北海道縄文人ですよ。
それが北方からやってきたオホーツク人、このオホーツク人って結構凶暴なんですよね。
そしてガンガン北海道に来て、殺戮しまくって、北海道縄文人をたぶん犯しまくったんですよ。
それで一時期この5世紀から10世紀って書いてありますけど、北海道のほぼ全土がオホーツク文化に入れ替わったんですね。
もともとの縄文文化がほぼ消滅して完全にオホーツク文化になっちゃったんですよ
でオホーツク文化ってどういう人達かというとシベリアの沿海、それから樺太・カムチャッカ、
ここらへんが、オホーツク文化なんですね。
このオホーツク文化の人たちが北海道に上陸して、侵略してほぼ制圧しちゃったのがこの約500年間で5世紀から10世記

その時にオホーツク文化人と北海道縄文人の混血がどんどん進んでいきます

あのアイヌ人のミトコンドリア dna のですねうち2割の頻度で現れるのが y 1なんですよ。
 y 1っていうのはまさにこれなんです。オホーツク文化。
これを明らかにわかりますオホーツク周辺のですね、少数民族でいうと、たとえばニヴフっていう民族ありますけど
ニブニの7割が y 1持っています。ウリチの約4割。ネギタールの2割。
オホーツク周辺の民族の多くはy1を持っているので、y1の震源地は地はオホーツク文化ですね
アイヌ人のミトコンドリア dna の2割にこのy1が現れる。
もともと縄文人はy1なんかないんで、y1というのはオホーツク文化の担い手なんですね
だか縄文人とオホーツク文化人が混血混血混血て進んでいくと、その後江戸時代近世以降アイヌ人にy1が現れる。
これはもう完全にオホーツクの血筋が入り込んでいるということですね
だから元々の縄文人の血統にオホーツク文化の血統が完全に混血してアイヌ人ができたということがもうミトコンドリア dna のハプログループからわかるんですよね

ハプログループy1(ミトコンドリアDNA)について、ウィキには次のように記されていた。
※ミトコンドリアDNA(mtDNA)は母系で遺伝するハプログループ。母親から娘にも息子にも伝えられる。
父系で遺伝するY染色体のハプログループもある。

ハプログループYのうちY1系統はオホーツク海周辺の民族で高頻度である。ニヴフに約66%、ウリチに約38%、ネギダールに約21%、アイヌに約20%である 。
またカムチャツカ半島の先住民(コリヤーク人、イテリメン族)にもみられる。

Y2系統
インドネシアやフィリピンにはY2系統が分布している。

アイヌとオホーツク人
アイヌはハプログープYを持つが、縄文人には全く観察されていない。
いっぽうオホーツク人のなかにハプログループYが確認され、アイヌ民族とオホーツク人との遺伝的共通性が判明した。


竹田さんはこのことを言っていたのだ。
アイヌが縄文人にはないハプログループY1を持っていることは間違いないだろう。

⑦ハプログループY1の情報だけでは不十分では

アイヌ人はY1を2割の人が持っていて、オホーツク人の血をひいていることはわかった。
しかし、それは2割であって、8割の人はもっていないのに、
オホーツク人が縄文人を殺し、縄文人の女性を犯しまくって、北海道のほぼ全土がオホーツク文化に入れ替わったのが
アイヌ人だと言えるんだろうか?

そして、アイヌ人は縄文人のゲノムを70%を、本州は10%を、沖縄は30%を引き継ぐという記事もあるのだが?

東京でサンプルを取った本州の人々では縄文人のゲノムを約10%受け継ぐ一方、北海道のアイヌの人たちでは割合が約7割、沖縄県の人たちで約3割だった。


ゲノムとは、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、DNAのすべての遺伝情報のことです。
遺伝とは、たとえば鼻の形が似ている、ある病気にかかりやすいなどの、親の生物学的な特徴が子供に伝わることで、
それを伝えるDNAの特定の部分が遺伝子です。


⑧アイヌの80%が縄文系のハプログループD1a2a

ハプログループD1a2a (Y染色体)をウィキで調べたところ次のように書いてあった。

各地における頻度
日本各地で高い頻度を誇るが、特に東日本や沖縄(八重山除く)に多い。

青森:38.5%
静岡:32.8%
徳島:25.7%
九州:26.4%
沖縄:55.6%
(Hammer et al. 2006)

アイヌ:87.5%(Tajima et al. 2004)
また、国外では韓国、ミクロネシア、ティモール島などで低頻度にみられる。

ミクロネシア:5.9%(1/17; Hammer et al. 2006)
韓国:4.0% (3/75; Hammer et al. 2006)
ティモール島:0.2%(Meryanne et al. 2014)
縄文人の古代DNA
北海道礼文島の船泊遺跡(縄文時代後期前葉から中葉(約3,800-3,500 年前))から出土した人骨・船泊5号のY染色体は、ハプログループD1a2a2a(D-CTS220)であった。これにより「ハプログループD1a2a系統は縄文系である」という従来からの仮説が立証された。


竹田さんはオホーツク系のハプログループy1(ミトコンドリアDNA)がアイヌの20%あるので
アイヌは縄文人ではない、と結論づけていたが

縄文系のハプログループD1a2a (Y染色体)を見ると、アイヌの80%もっている。
これを竹田さんは、どう説明するのか?

新しい発見があって、もしかするとアイヌ人は元寇で逃げてきた人々だった、なんてことにならないとも限らないが
論法としておかしいと思う。

※追記 「現在アイヌと名乗っている人は実際にはアイヌではない」と言う意見もある。
この場合、縄文系のハプログループD1a2a (Y染色体)をアイヌの80%がもっているというが
この80%は非アイヌだという主張ですね。(勘違いしていました。すいません)
そうであれば、竹田さんのハプログループによる説明ではなく、アイヌがアイヌではないことの証明が必用となるだろう。

※追記2
No nameさんよりコメントをいただき、記事を紹介していただいた。(ありがとうございました。)

 現在、北海道で確認されている最も古い人類の足跡は、約2万2000年前の後期旧石器時代です。それは、地球規模の最後の氷河期で、大雪山や日高山脈は氷河や万年雪でおおわれていました。海水面は現在より約80~100m前後も低く、宗谷海峡は陸橋として北方大陸と陸続きとなっており、当時、北の厳しい氷河気候から逃れてきた動物を追って人類が北海道にやってきたと考えられています。
 約1万2000年前ころから世界的に気候が温暖化し、氷河期は終わりを告げます。日本各地ではこのころから縄文式土器を使用した狩猟・漁労・採集を基盤とした縄文文化がおこり、約1万年にわたり続きます。様似町(アポイ岳ジオパーク)でも、縄文後期(約3,000年前)ごろを中心とした遺跡が28か所確認されています。


私は上の文章に次の様に書いた。
・竹田恒泰さんの発言
岩宿時代北海道に住んでいたのは北海道岩宿人であり、その子孫が北海道縄文人ですよ。
それが北方からやってきたオホーツク人、このオホーツク人って結構凶暴なんですよね。
そしてガンガン北海道に来て、殺戮しまくって、北海道縄文人をたぶん犯しまくったんですよ。
それで一時期この5世紀から10世紀って書いてありますけど、北海道のほぼ全土がオホーツク文化に入れ替わったんですね。

しかし、どうやら岩宿時代に北海道には人が住んでいたことは確認されておらず、無人であったと考えられているようだ。
すると、どうなるだろう?
次のような可能性が考えられるだろうか。

①岩宿時代人は縄文人ではなく、遅れてやってきた縄文人に駆逐された。(岩宿時代人はY染色体ハプログループC?)
⓶岩宿時代人は本州で縄文人となり、北海道へ渡って縄文人となり、アイヌ人となった。
(アイヌの80%が縄文系のY染色体ハプログループD1a2aをもっている。)

竹田氏は
そしてガンガン北海道に来て、殺戮しまくって、北海道縄文人をたぶん犯しまくったんですよ。
それで一時期この5世紀から10世紀って書いてありますけど、北海道のほぼ全土がオホーツク文化に入れ替わったんですね。
とおっしゃっていて、アイヌ人はオホーツク人の子孫だといいたいようである。
しかし、すでに述べたように、アイヌの80%が縄文系のY染色体ハプログループD1a2aをもっている。
ということは、アイヌは縄文人の子孫だといえる。

寒冷な気候の北海道では稲作ができず、弥生文化は伝播せず、縄文時代から擦文時代へ移行する。
北海道にオホーツク文化人がやってきたことは事実だが、駆逐されたのは擦文文化人ではなく、オホーツク文化人のほうだとされている。
そしてこの擦文文化がアイヌ文化へ移行したと考えられている。

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