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トンデモもののけ辞典㊳ 猪笹王 


馬見岡綿向神社 猪像

馬見岡綿向神社 猪像

①猪笹王(いざさおう)

奈良県吉野山中、吉野郡川上村伯母ヶ峰に伝わる妖怪です。
生笹、一本足、一本だたらと呼ばれることもあります。
「いのささおう」という読みがあてられている場合もあります。
昔、天ヶ瀬に射馬兵庫という猟師がいて、あるとき伯母ヶ峰の奥で背中に熊笹の生えた大猪を撃ち倒しました。
それから数日後、紀州湯の峰の温泉に、足を傷めた野武士が湯治にやって来ました。
武士は自分の寝ている部屋を見るなと言いつけていましたが、それを破った宿の主人は、背中に熊笹の生えた怪物が座敷一杯になって寝ている姿を目撃します。
驚いた主人に対して怪物は「自分は伯母ヶ峰にすむ猪笹王だが、射馬兵庫という猟師に撃ち殺され、亡霊となってしまった。恨みを晴らしたいから、兵庫の犬と鉄砲をどうにかしてくれ」と言います。
土地の役人は猪笹王の亡霊を恐れ、犬と鉄砲を渡すよう兵庫に交渉を持ちかけます。しかし兵庫はそれを聞き入れず、鉄砲と犬は彼の手にあるままとなってしまいました。
やがて猪笹王の亡霊は一本足の鬼となり、伯母ヶ峰に現れては旅人を襲うようになったので、遂に東熊野街道は廃道同様になってしまいました。

その後、丹誠上人が伯母ヶ峰の地蔵尊を勧請して猪笹王を封じてからは、旅人もまた安心して街道を通れるようになりましたが、毎年十二月二十日だけ鬼は自由の身となるため、伯母ヶ峰ではこの日を「果ての二十日」と呼び、厄日の扱いにしたといいます。




⓶一本足の猪笹王はたたら製鉄の神?

「生笹、一本足、一本だたらと呼ばれることもあります。」
とあるが、「たたら」とは古の製鉄法(たたら製鉄)に用いる、炉に空気を送り込む装置の鞴(ふいご)のことである。
「たたら製鉄」では「たたら」を踏み続けるため、職業病で片足を悪くすることがあり、製鉄の神は一本足であるといわれる。
また片目をつぶって火の温度をみるため、片目を失明することもあり、製鉄の神は一つ目であるともいわれる。
すると、一本足、一本だたらと呼ばれる猪笹王はたたら製鉄の神なのかもしれない。



⓶猪笹王はイザサワケ?

猪笹王という名前から思い浮かべるのはイザサワケという神様の名前である。

イザサワケとは福井県敦賀市曙町にある気比神宮の御祭神の名前である。

④応神天皇とイザサワケは入れ替わった?(政権交代?)

こんな話がある。

神功皇后は妊娠中に朝鮮征伐に出兵し、途中で応神天皇が産まれそうになったが、腰に石をおき冷やすことで出産を遅らせた。
その後日本に戻り、筑紫の宇美で応神天皇を産んだ。
建内宿禰は応神天皇を連れて敦賀に行った。
その夜、建内宿禰(タケノウチスクネ)の夢にイザサワケ神が現れて
「私の名前と、御子の名前を交換してほしい」と言った。
建内宿禰が了承すると、イザサワケは「明朝、浜にいくように」と言った。
言われたとおりにすると、海岸には鼻を傷つけられた入鹿が大漁にいた。
御子は「神が御食をくださった」と喜んだ。

これは「名(ナ)」と「魚(ナ)」を掛けた謎掛けで、角賀地域が大和朝廷の支配下に入ったことを意味するともいわれる。

しかし、私はそうは思わない。
名と魚を掛けた謎かけというのはありえるが、応神天皇は魚(入鹿)とひきかえに、相手に自分の名前を与えたのだ。
名前を与えるというのは、応神天皇の生まれ育ちや地位(神功皇后の御子)なども相手に与えたという意味ではないのだろうか。
応神天皇がイザサワケという神になり、イザサワケが応神天皇になったという話の様に思えるのだ。
これは政権交代を意味しているのだろうか。
天皇家は万世一系といわれるが、実は政権交代があったのではないか、ということである。

とすれば、猪笹王を撃ち殺した射馬兵庫とは名前を交換する前のイザサワケということになる。

ちなみに物射馬(ものいうま)は、犬追物 (いぬおうもの) や笠懸 (かさがけ) など、騎射に慣れた馬のこと、
兵庫は「つわものぐら」「へいこ」などと読み、 武器庫の意味である。
射馬兵庫というのはいかにも偽名っぽい名前である。

犬追物とは騎乗して犬を射る弓術で、矢が犬を貫かないよう「犬射引目」(いぬうちひきめ)という鏑矢を使用した。

犬追物

犬追物

笠懸は騎乗して的を射るものである。

上賀茂神社 笠懸神事

↑↓ 上賀茂神社 笠懸神事

上賀茂神社 笠懸神事2

⑤果ての二十日

身を慎み災いを避ける忌み日。

由来については諸説あり、近畿地方では罪人の処刑をこの日に行っていたからと言われる。また、山の神に深く関る忌み日とされ、この日に山に入ることが忌まれる。


山の神というと、森林や山菜などの山の恵みをもたらす神と思うかもしれないが、
山の神がもたらす最大のものといえば鉱物だろう。
山の神とは鉱山の神ということではないだろうか。

多田銀山

多田銀山 青木間歩

⑥イザサワケ=ツヌガアラシト=アメノヒボコ?

猪笹王は一本足の鬼になったというが、鉱山の神は一本足だといわれる。
たたら製鉄ではたたらと呼ばれる鞴を足で踏んで空気を送り続ける必要があり、そのため片足を悪くすることが多かったというのである。

すると、イザサワケは鉱山や製鉄、鋳造などに関わる神なのだろうか。

イザサワケを祀る気比神宮の摂社に、ツヌガアラシトを祀る角鹿神社がある。
ツヌガアラシトは『日本書紀』に加羅国王の息子として登場する。
同じ神社に祀られていることから、イザサワケとツヌガアラシトは同一神と考えてよいかもしれない。

とすれば、もともとのイザサワケは渡来人で、応神天皇と名前を交換し、渡来人が応神天皇となり、応神天皇がイザサワケになったということになりそうだ。

日本書記にツヌガアラシトに関するこんな話が記されている。

阿羅斯等が国にある時、黄牛の代償として得た白石が美しい童女と化したため、阿羅斯等は合(まぐわい)をしようとした。
すると童女は阿羅斯等のもとを去って日本に行き、難波並びに豊国の国前郡の比売語曽社の神になったという。

より引用

これと同様の話が、『古事記』の天之日矛(天日槍)&阿加流比売神説話にある。

天之日矛は玉を持ち帰り、それを床のあたりに置くと玉は美しい少女の姿になった。
そこで天之日矛はその少女と結婚して正妻とした。
しかしある時に天之日矛が奢って女を罵ると、女は祖国に帰ると言って天之日矛のもとを去り、小船に乗って難波へ向いそこに留まった。
これが難波の比売碁曾(ひめごそ)の社の阿加流比売神であるという。(大阪府大阪市の比売許曾神社に比定)。

天之日矛は妻が逃げたことを知り、日本に渡来して難波に着こうとしたが、浪速の渡の神(なみはやのわたりのかみ)が遮ったため入ることができなかった。
そこで再び新羅に帰ろうとして但馬国に停泊したが、そのまま但馬国に留まり多遅摩之俣尾(たじまのまたお)の娘の前津見(さきつみ)を娶り、前津見との間に多遅摩母呂須玖(たじまのもろすく)を儲けた。
そして多遅摩母呂須玖から息長帯比売命(神功皇后:第14代仲哀天皇皇后)に至る系譜を伝える(系図参照)。

より引用

このように同様の話が伝わっているので、ツヌガアラシトとアメノヒボコ(天之日矛)は同一神ではないかとする説がある。
同じ気比神社に祀られているイザサワケとツヌガアラシトが同一人物であるとすれば三柱の神は同一神ということになる。

イザサワケ=ツヌガアラシト=アメノヒボコ?

⑦イザサワケはふたりいる。

アメノヒボコは「天日槍」「天之日矛」と表記する。
「槍」「矛」は武器であり、金属と関係が深い。

須賀神社 角豆祭(ささげまつり)

須賀神社 角豆祭(ささげまつり)の鉾

イザサワケ=ツヌガアラシト=アメノヒボコとするならば、イザサワケは金属の神、鉱山の神ともいえ、
猪笹王(イザサワケ?)が鉱山の神の姿=一本足の鬼になった、という伝説にあっている。

また
毎年十二月二十日だけ鬼は自由の身となるため、伯母ヶ峰ではこの日を「果ての二十日」と呼び、厄日の扱いにした
というが、
「果ての二十日」は「山の神に深く関る忌み日」とされており
「イザサワケ=ツヌガアラシト=アメノヒボコ=鉱山の神」
なので、これも説明できるということになる。

ここでややこしいのは、イザサワケはふたりいるということである。

❶イザサワケと名前を交換してイザサワケとなった応神天皇
❷応神天皇と名前を交換して応神天皇となったイザサワケ

❶が猪笹王、❷が猪笹王を殺した射馬兵庫 だと思う。

❶イザサワケと名前を交換してイザサワケとなった応神天皇・・・猪笹王
❷応神天皇と名前を交換して応神天皇となったイザサワケ・・・・射馬兵庫

④で、私は次のように書いた。

物射馬(ものいうま)は、犬追物 (いぬおうもの) や笠懸 (かさがけ) など、騎射に慣れた馬のこと、
兵庫は「つわものぐら」「へいこ」などと読み、 武器庫の意味であり
射馬兵庫というのはいかにも偽名っぽい名前である。
と。

猪笹王は鉱山の神で、金属を用いて製造する武器の神であるともいえるが、
射馬兵庫もまた鉱山の神で、金属を用いて製造する武器の神だと考えられる。


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[2022/02/18 13:04] トンデモもののけ辞典 | TB(0) | CM(0)