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トンデモもののけ辞典⑧ 鬼八

①高千穂神社の鬼八伝説

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宮崎県・高千穂神社に「鬼八伝説」が伝えられている。

鬼八は足がたいへん強く、昼間は辺り一帯を荒らしまわりった。
人々は鬼八の行いに困り果てていたので、御毛沼命は鬼八を退治を決意した。

鬼八は夜になると窟に隠れてしまう。
そこで御毛沼命はは沈もうとしていた夕陽を呼び戻して鬼八をまちぶせた。
そこへ鬼八が現れたので、御毛沼命は鬼八を剣で切って殺した。
そして、鬼八の死体をばらばらにして地中に埋めまた。

ところが鬼八は一夜のうちに蘇ってもとの姿に戻り、土地を荒らしまわった。
そこで田部重高という者が鬼八を殺し、頭を加尾羽(かおば)に、手足を尾羽子(おばね)に、また胴を祝部(ほうり)の地にそれぞれ分葬した。
そうしたところ、鬼八は蘇生しなくなった。 

ところが、鬼八は死んだ後も地下で唸り声をあげ、霜を降らせて村人を困らせた
村人は鬼八申霜宮という祠をたてて鬼八の霊を祀った。
また毎年16歳の生娘を人身御供として鬼八の霊にささげていた。

天正年間(1573-93年)、生娘のかわりに猪がささげられるようになり、猪掛祭(12月3日)と呼ばれるようになった。

神前に猪をささげ、『鬼八眠らせ歌』を歌いながら笹を左右に振る『笹振り神楽』を舞うと、
霜を降らせる鬼八は、霜害を防ぐ霜宮に転生すると信仰された。

⓶鬼八は冬の太陽の光?

これは「足がはやくて、昼間は辺り一帯を荒らしまわり、夜になると窟に隠れ、死体がバラバラにされても一夜のうちに蘇り、霜害をもたらすものはなあに」という謎々だと思う。

その答えは「冬の太陽の光」だろう。

宮崎県2022年の夏至の日(6月21日)の日の出時刻は 05時09分、日の入時刻は 19時24分
宮崎県2022年の冬至の日(12月22日)の日の出時刻は7時11分 、日の入時刻は17時16分
である。

夏至の日の日照時間は14時間15分、冬至の日の日照時間は10時間5分なので、その差は4時間10分である。

「足がはやい」とは、冬の太陽が夏の太陽に比べて遅く出て、早く沈むことを言っていると思う。

「昼間は辺り一帯を荒しまわり」というのは、冬の日照時間が短くて、霜で農作物の収穫に害がでることを言っているのだろう。

太陽の光は「夜になると窟に隠れ」、ばらばらにしても、翌日また太陽が昇れば太陽の光も復活する。

③なぜ鬼八に猪をささげるのか?

猪は陽炎を神格化した摩利支天の神使とされている。

摩利支尊天(建仁寺) 狛猪

建仁寺塔頭 禅居庵 摩利支尊天堂の狛猪

摩利支天の原語は Marīciで、太陽や月の光線を意味するが、陽炎を神格化したものとされる。

陽炎について、ウィキペディアは次のように記している。

陽炎とは、局所的に密度の異なる大気が混ざり合うことで光が屈折し、起こる現象。よく晴れて日射が強く、かつ風があまり強くない日に、道路のアスファルト上、自動車の屋根部分の上などに立ち昇る、もやもやとしたゆらめきのこと。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%BD%E7%82%8E_(%E6%B0%97%E8%B1%A1%E7%8F%BE%E8%B1%A1) より引用

陽炎は太陽光線によっておこるものなので、Marīci=摩利支天は太陽の光の神、と考えてよいのではないだろうか。

すると、「冬の太陽の光」の神である鬼八に、「太陽の光」の神である摩利支天の神使・猪をお供えしていることになる。

その理由は2つ考えてみた。

①死んだ猪を鬼八の神前に並べることによって、鬼八に「自分はすでに死んでいる」ということを思い知らせることを目的としている。

⓶猪の神・鬼八に、同じ猪の女神をお供えしているのかもしれない。

猪をお供えする以前には生娘を人身御供としていたので⓶のほうがありえそうだろうか。

④男女和合は荒魂を和魂に転じる呪術?

神はその現れ方によって3つに分けられるといわれる。

御霊・・・神の本質
和魂・・・神の和やかな側面
荒魂・・・神の荒々しい側面

そして、男神は荒魂を、女神は和魂を表すといわれる。
とすれば御霊は男女双体の神と言うことになると思う。

御霊・・・神の本質・・・・・・・男女双体
和魂・・・神の和やかな側面・・・女神
荒魂・・・神の荒々しい側面・・・男神

大聖歓喜天(聖天)は象頭をした男女双体の神で、次のような伝説がある。

人々に祟りをもたらしていたビナヤキャは十一面観音の化身であるビナヤキャ女神に一目ぼれし、ビナヤキャ女神に結婚を申し込んだ。
ビナヤキャ女神は「仏法守護を誓うならあなたと結婚しましょう」といった。
ビナヤキャは仏法守護を誓い、ビナヤキャ女神と結ばれた。

大聖歓喜天の、足を踏みつけているほうがビナヤキャ女神、足を踏まれているほうがビナヤキャとされる。

歓喜天

この説話は御霊、和魂、荒魂の性質をうまく表していると思う。

すなわち、男神である荒魂は、女神である和魂に足をふみつけられて、動けない状態にされている。
これが「神の結婚」の意味なのだと思う。

冬の衰えた太陽の光の神である鬼八は、女神によって脚をふみつけられることによって、動けない状態にされているということなのかもしれない。


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