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カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑪ いのちの塔は北極星をあらわす? 

カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑩ 『鞍馬七福神は北斗七星の神?』  よりつづく~

京都市左京区 鞍馬寺

①由岐神社はカシオペアの神・藤原純友を祀っている?

鞍馬寺本堂へとつづく九十九折の道。
その仁王門近くに由岐神社がある。

由岐神社 割拝殿

由岐神社


939年ごろ、都は大地震にみまわれ、また天慶の乱が起きるなどした。
天慶の乱とは平将門の乱と藤原純友の乱のことで、同時期におきたので天慶の乱と総称されている。

940年9月9日、朱雀天皇はそれまでは御所で祭っていた由岐明神を鞍馬に遷宮させた。
それはもちろん939年におこったもろもろの悪いことを払拭するという意味合いを持つものであっただろう。

由岐神社はカシオペア座の神・藤原純友を祀る神社だと思われる。
というのは、由岐神社の祭礼である「鞍馬の火祭」においてチョッペンの儀が行われ、二人の氏子があおむけになって脚をV字に開脚するのだ。
二人で開脚するのでw字に見える。

↓ すばらしい動画があったのでお借りしました。動画主さん、ありがとうございます!



私はこのチョッペンの儀はカシオペア座と日振島を表していると思う。

カシオペア座はW字の形をしており、藤原純友が本拠地としていた日振島もカシオペアの形をしているのだ。

カシオペア座


鞍馬七福神は北斗七星の神・平将門を祀っている?

高田祟史さんは七福神は北斗七星として祀られ、北極星の周囲を永遠に回り続けるという呪術がかけられているとおっしゃっていた。

そして加門七海さんが、関東の将門関連史跡を繋ぐと北斗七星の形になると指摘しておられる。
鞍馬寺境内には鞍馬七福神を祀る社がある。
双福園(恵比須天・大黒天を祀る)・福寿星神祠(福禄寿・寿老人を祀る)・巽の弁才天社(弁才天を祀る)・弥勒堂(布袋尊を祀る)・開運毘沙門天祠(毘沙門天を祀る)の5社である。
この鞍馬七福神は北斗七星の神・平将門を祀っているのではないだろうか。

鞍馬七福神 弥勒堂
鞍馬七福神 弥勒堂

鞍馬七福神の配置が北斗七星の形になっていたら面白かったのだが、そうはなっていなかった。
http://www.kuramadera.or.jp/annai.html(鞍馬寺境内図)

へたくそだが、鞍馬寺の境内図を描いてみた。↓

鞍馬寺 境内図


しかし星田妙見宮の北斗七星の神々の配置も北斗七星の形にはなっていなかった。


星田妙見宮 境内図

星田妙見宮 禄在星


また星田妙見宮の旗には下のようなイラストが描かれていた。

星田妙見宮 旗のデザイン 

星田妙見宮 旗のデザイン

亀に蛇が巻き付いているのは、北方守護の聖獣・玄武の特徴である。(南は朱雀・東は青龍・西は白虎)
そして、その玄武の上に渦を巻く七つの星が描かれてる。

妙見信仰にはしばしば北極星だけでなく、北斗七星に対する信仰も含まれる。
星田妙見宮にも北斗七星の神・貪狼星・ 巨門星・ 禄存星・ 文曲・ 廉貞星・ 武曲星・ 破軍星の像が置かれており、ここに北斗七星信仰があったことがうかがえる。

すると上のイラストに描かれた渦を巻く七つの星は、形は違っているが北斗七星なのではないかと思う。
そして玄武(亀+蛇)の亀の部分は北極星を、玄武(亀+蛇)の蛇の部分は、北斗七星を表しているのではないかと考えた。
北斗七星は北極星の周囲をまわる。
そのため、亀=北極星の周囲を蛇=北斗七星がとりまくという形に変形されたのではないかと思ったりする。

③いのちの像は北極星をあらわす?

鞍馬七福神=北斗七星=平将門?
由岐神社=靭(ゆき)明神=ウツボの神=海のギャング=藤原純友?=日振島=錨星(カシオペア座)

七福神信仰は由岐明神が遷宮された940年にはまだなかったかもしれない。
しかし古より北極星や北斗七星に対する信仰はあった。
鞍馬寺には古より北斗七星に対する信仰があったので、のちになってその北斗七星に対する信仰を受けて、鞍馬七福神が作られたという可能性も考えられる。

そして北斗七星とカシオペアの位置関係は下図のように、北極星を挟んで対面するような形になっている。

山形星(カシオペア座)と北斗七星

すると由岐神社と鞍馬七福神をつなぐ場所にある「いのちの像」(境内図の⑱)は北極星を表しているのではないだろうか?
http://www.kuramadera.or.jp/annai.html(鞍馬寺境内図)

鞍馬寺 いのちの像 
鞍馬寺 いのちの像

「いのちの像」は鞍馬寺の御本尊・尊天(宇宙のエネルギーを象徴する神)をあらわすものとされている。
つまり、尊天とは北極星を神格化した神ではないかということである。

3つの輪がついたこの形。

全ての星は北極星を中心にして回る。
まるで北極星には宇宙を回転させるパワーがあるかのようだ。

いのちの像とは北極星の像であり、須弥山(かな?)にかかる3つの輪は宇宙を回転させるパワーのように見えてしまう。

いのちの像は新しいもののように思えるが、いのちの像が建てられた場所は古から何か言われのあった場所なのかもしれない。

鞍馬寺 多宝塔 八重桜

鞍馬寺 多宝塔

朱雀天皇は鞍馬寺で藤原純友をカシオペアの神、平将門を北斗七星の神として祀ることで、世の中を安泰にさせようと考えたのではないだろうか。

鞍馬寺 金剛寿命院  
鞍馬寺 金剛寿命院

鞍馬寺 金剛寿命院2 



カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑫ 『繋ぎ馬は北極星とカシオペア座につながれた北斗七星?』  へつづく~
トップページはこちらです→ カシオペア・北斗七星・北極星の呪術① 伝香寺 『陰蔵相のあるはだか地蔵』



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[2018/01/07 00:00] カシオペア・北斗七星・北極星の呪術 | トラックバック(-) | コメント(-)

カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑩ 『鞍馬七福神は北斗七星の神?』  


カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑨ 『チョッペンの儀はカシオペアを表している?』 よりつづく~

京都市左京区 鞍馬寺


①九十九折の道


鞍馬寺の境内には山門から鞍馬山中腹の多宝塔前にいたるケーブルカーがあるのだが、九十九折の道を歩いて登ることにした。

平安時代、清少納言が「枕草子」に「近 うて遠きもの、くらまのつづらおりといふ道」と記した道である。
登り道だが1kmほどの道なので、そんなに体力がない人でも登れるだろう。

②由岐神社と命の像

由岐神社 割拝殿 雪 
由岐神社 割拝殿

↑ 途中、由岐神社がある。
以前の記事で鞍馬の火祭について書いたが、鞍馬の火祭はこの由岐神社の祭礼である。

カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑧ 『鞍馬に海賊が現れた?』 
カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑨ 『チョッペンの儀はカシオペアを表している?』 

由岐神社からさらに歩いていくと、須弥山に三重の輪がついたような不思議なモニュメントがある。

鞍馬寺 命の像 

この像は、「いのちの像」といい、鞍馬山の本尊・尊天(毘沙門天王・千手観音・護法魔王尊の三尊を一体として尊天と称している。)を具象化したものであるという。

③鞍馬七福神は北斗七星の神?

さらに歩いていくと双福苑(恵比寿天・大黒天)・福寿星神 社(福禄寿・寿老人)・巽の弁才天社(弁才天)・弥勒堂(布袋尊/布袋尊は弥勒菩薩の化身とされている。)開運毘沙門天社があり、鞍馬七福神と呼ばれている。

高田祟史さんが「七福神は北斗七星の神でもあり、永遠に北極星の周囲を回り続けることで、その祟る力が封じられている。」
という旨のことをおっしゃっていたことを思い出す。

鞍馬寺の鞍馬寺の御本尊の一、護法魔王尊は650万年前に金星からやってきた神とされており、鞍馬寺は星の神を祀る寺だと考えられる。

その鞍馬寺境内に北斗七星の神である鞍馬七福神があることは、高田祟史さんの説を裏付けているように感じられる。

鞍馬寺 双福苑
 
鞍馬七福神 双福苑〈蛭子神・大黒天)

④鞍馬天狗は流星の神だった?

鞍馬天狗

また鞍馬寺は鞍馬天狗で有名だが、天狗とは流星の神のことだと思われる。
というのは、日本書紀の舒明天皇九年の記事に次のような記述があるのである。

大きな星が東から西に流れ、雷に似た音がしました。
僧旻は 「あれは流星ではなく天狗(アマツキツネ)だ」 と言った。


天狗は翼があって空を駆け回るとされるが、天狗が空を飛ぶのは天狗の正体が流星だからではないだろうか。

File:Elephant catching a flying tengu.jpg

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%8B%97#/media/File:Elephant_catching_a_flying_tengu.jpg よりお借りしました。



⑤由岐神社はカシオペア座の神を祀る神社?

10月に行われる有名な鞍馬の火祭は由岐神社(写真1枚目)の祭礼だが、鞍馬の火祭りではチョッペンという儀式が行われる。



動画をお借りしました。
動画主さん、ありがとうございます。

チョッペンとは動画にあるように、二人の青年が逆さになって脚を開脚するというものである。
成人式の意味合いがあるなどと言われているが、カシオペア座の形のようにも見える。

カシオペア座

⑥藤原純友はカシオペア座の神だった?

私は由岐神社(写真1枚目)は藤原純友を祀る神社ではないかと考えている。
由岐神社は940年に大地震
や天慶の乱を鎮めるため、朱雀天皇が宮中から鞍馬へ遷宮させた神社である。
天慶の乱とは、関東で起こった平将門の乱と、南海で起こった藤原純友の乱の総称である。
由岐神社を遷宮させたとき、平将門の乱は鎮圧されていたが、藤原純友の乱はまだ鎮圧されていなかった。
この藤原純友が本拠地としていたのが愛媛県の日振島である。



なんと、日振島はカシオペア座の形(ω)をしているではないか。

鞍馬七福神 福寿星神祠  

鞍馬七福神 福寿星神祠 (福禄寿 寿老人)

⑦平将門は北斗七星の神だった?

さきほど鞍馬七福神は北斗七星の神と書いたが、平将門は北斗七星の神だと考えられる。
加門七海さんが、将門ゆかりの寺社をつなぐと北斗七星になると説かれているのだ。
https://www.google.com/maps/d/viewer?msa=0&ie=UTF&mid=zXPnY2gZF9e8.k9Tpfq2PB4nI

また平将門の子孫を称する相馬家は陣幕や家紋に『繋ぎ馬』を使用していた。
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/soma_sim.html (繋ぎ馬の紋)
この繋ぎ馬は北斗七星を表しているようにも見える。
顔から首にかけてが北斗七星の柄杓、背中が持ち手である。

とすれば、鞍馬七福神は平将門をイメージしたものではないだろうか。
朱雀天皇は鞍馬寺で藤原純友をカシオペアの神、平将門を北斗七星の神として祀ることで、世の中を安泰にさせようと考えたのではないだろうか。

  鞍馬七福神 巽の弁才天社 雪 
鞍馬寺 巽の弁才天社

鞍馬七福神 弥勒堂 
鞍馬七福神 弥勒堂

鞍馬七福神 開運毘沙門天祠 
鞍馬七福神 開運毘沙門天祠


カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑪ いのちの塔は北極星をあらわす? へつづく~
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[2018/01/04 23:35] カシオペア・北斗七星・北極星の呪術 | トラックバック(-) | コメント(-)

カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑨ 『チョッペンの儀はカシオペアを表している?』 


カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑧ 『鞍馬に海賊が現れた?』 よりつづく~


京都市左京区 由岐神社
鞍馬の火祭・・・10月22日

鞍馬の火祭 
向かって右の男性が腕につけているのが船頭篭手

①鞍馬の火祭の氏子さんたちのいでたちは海賊のいでたち?

940年9月9日、朱雀天皇はそれまでは御所で祭っていた由岐明神を鞍馬に遷宮させた。
このとき平将門の乱は平定されていたが、藤原純友の乱は平定されていなかった。
由岐明神の遷宮は藤原純友の乱平定を祈願して行われたものだと私は思う。


由岐明神の遷宮の行列は無数の松明を携え、その行列は十町(約1キロ)に及んだ。
『鞍馬の火祭』はこの遷宮の様子を再現したものだといわれている。

鞍馬の火祭で氏子さんたちは腕に船篭手(せんどうごて)を身に着けているが、鞍馬は山深いところである。
鞍馬川という川が流れているが、渓流で水量が少なく、船の運航にふさわしい川のようには思われない。

藤原純友は海賊の首領であった。
氏子さんたちのいでたちは藤原純友率いる海賊のいでたちなのではないか。私はそう考えた。

鞍馬の火祭③ 

 ②由岐 明神はうつぼ明神?

鞍馬の火祭は鞍馬寺境内にある由岐神社の祭礼であるが、由岐明神は靭(ゆき)明神とも呼ばれている。
靭とは矢を入れる道具のことで、『うつぼ』とも読む。

ウツボという魚もいる。 



ウツボは凶暴な魚で『海のギャング』とも言われる。。
ウツボは海賊の首領だった藤原純友のイメージにぴったりだと思うのだが、どうだろうか?

靭明神とは魚のウツボの神であり、藤原純友のことでもあるのではないだろうか?

鞍馬の火祭3 

③日振島とウツボ

紀伊半島・四国・九州・沖縄ではウツボを食べるそうである。
なかなか美味だという。

そして海賊の首領である藤原純友の本拠地は日振島だった。

下は豊後水道および宇和海の地図である。
西には九州の大分県、東には四国の愛媛県がある。
地図上の宇和海という文字の下にwような形をした島が見える。これが日振島である。

日振島でもウツボを食べる食習慣があったのではないだろうか。



④日振島は火振島?

日振島という地名の由来について、ウィキペディアには次のように記されている。

昔から船の往来があり、島民がたいまつの火を振ることで灯台の代わりをしたことに因む、との説がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%8C%AF%E5%B3%B6#.E5.9C.B0.E5.90.8D.EF.BC.88.E5.B3.B6.E5.90.8D.EF.BC.89.E3.81.AE.E7.94.B1.E6.9D.A5 より引用 

鞍馬の火祭で用いられるたいまつは、日振島の島民たちが灯台がわりに振っていたたいまつがルーツなのではないか?

鞍馬の火祭 お旅所

⑤チョッペンはカシオペア座と日振島を表している?

終電に間に合わなくなっていまうのでやむなく見ずに帰宅したのだが、鞍馬の火祭では深夜チョッペンの儀が行われる。

チョッペンの儀とは二人の青年が脚を上向けに開脚して2つのV字形=W字形を作るというもので、成人式の意味合いがあるなどと言われている。

↓ すばらしい動画があったのでお借りしました。動画主さん、ありがとうございます!



私はこのチョッペンの儀は日振島を表していると思う。



日振島はwの形をしており、チョッペンに似ているように思う。

またチョッペンや日振島はカシオペア座にも似ている。

カシオペア座   

カシオペア座のWは向かって左側のVが広いのに対し、日振島のWは向かって右側のVが広くなっている。
しかし、星が天球に貼りついているものとして、天にいる神様が天球の上から眺めるとカシオペア座は日振島と同じように向かって右側のVが広い形に見えるはずである。




⑥錨星(カシオペア座)が北斗七星をつなぎとめる。

古の日本では、カシオペア座は北極星より下にあってW字形のときは錨星、北極星より上にあってⅯ字形のときは山形星と呼ばれていた。

カシオペア座 錨星 山形星  

錨とは綱や鎖をとりつけて海底や川底に沈めるもののことで、海賊の首領・藤原純友と関係が深そうに思える。
http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=%E9%8C%A8 (錨の画像)

山形星(カシオペア座)と北斗七星

カシオペア座が錨星のとき、北極星を挟んだ上部には北斗七星がある。
錨星は北斗七星をつなぎとめているようにも見える。

⑥チョッペンは天頂の意味?

宮崎地方で天辺(てっぺん)のことをチョッペンというそうである。

③にはりつけた地図を拡大表示して確認してみてほしい。
日振島は四国の愛媛県に属しているが、九州の大分県にも近い。
大分県の南に宮崎県はある。

かつて日振島あたりでも天辺のことをチョッペンと言っていたのではないだろうか。

そして鞍馬の火祭で行われるチョッペンの儀は、カシオペア座を表したもののように見える。

天辺とは「空のはて」「上空」という意味である。
まさしく、カシオペア座は天辺にあるではないか。

 鞍馬の火祭り



カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑩ 『鞍馬七福神は北斗七星の神?』  へつづく~
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[2018/01/03 00:36] カシオペア・北斗七星・北極星の呪術 | トラックバック(-) | コメント(-)

カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑧ 『鞍馬に海賊が現れた?』 

カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑦ 変形される北斗七星 よりつづく~

あけましておめでとうございます。
今年もトンデモ説でがんばります!

京都市左京区 由岐神社
鞍馬の火祭・・・10月22日


鞍馬の火祭 門前町の飾りつけ 

①大地震と天慶の乱

939年ごろ、都は大地震にみまわれ、また天慶の乱が起きるなどした。
天慶の乱とは平将門の乱と藤原純友の乱のことで、同時期におきたので天慶の乱と総称されている。
また出羽で俘囚(朝廷の支配に属した蝦夷のこと)が反乱を起こしており、こちらも天慶の乱と呼ばれている。
939年は朝廷にとって大変な年だったのだ。

 鞍馬の火祭6

②由岐明神の遷宮

940年9月9日、朱雀天皇はそれまでは御所で祭っていた由岐明神を鞍馬に遷宮させた。
それはもちろん939年におこったもろもろの悪いことを払拭するという意味合いを持つものであっただろう。

由岐明神の遷宮の行列は無数の松明を携え、その行列は十町(約1キロ)に及んだ。
『鞍馬の火祭』はこの遷宮の様子を再現したものだといわれている。
   
鞍馬の火祭5

③山中なのに船頭篭手?


下の写真の男性が腕につけているのは船頭篭手(せんどうごて)である。
船頭篭手は船頭の力強い腕力を表すために身に着けているとされているが、鞍馬は山である。
鞍馬川という川があるが、渓流で水量が少なく、舟を運行させるのにふさわしい川のようには思われない。
かつて貴船川では、保津川の渓流下りのような舟が行き交っていたのだろうか?

鞍馬の火祭

 ④由岐明神は藤原純友の乱平定を目的として遷宮された?

由岐明神が遷宮したのは940年9月9日ということだが、これは旧暦だろうか。それとも新暦だろうか。
9月9日は重陽の節句で大変縁起のいい日だとされてるので、この日を選んで遷宮したのだと思う。
ということは、由岐明神が遷宮した9月9日は新暦換算したものではなく、旧暦だろう。
これを新暦に直すと940年10月12日となる。

平将門は940年3月25日(新暦)に討死し、由岐明神が鞍馬に遷宮してきたときすでに平将門の乱は鎮圧されていた。
しかし、このとき藤原純友の乱はまだ鎮圧できていなかった。

由岐明神を鞍馬に遷宮させたのは、由岐明神に立派な社殿を奉り、また都の東北におくことで鬼門封じとし、藤原純友の乱を鎮圧させようという呪術的な目的があったのではないかと想像される。
 
由岐神社 割拝殿

由岐神社

●藤原純友は海賊の棟梁だった。


藤原純友は海賊の棟梁で、海賊を率いて乱を起こした。
さて、当時の海賊はどのようないでたちをしていたのだろうか?
もしかして鞍馬の人々が祭礼で身に着けているような船頭篭手をつけていたのではないだろうか?

そう、鞍馬の人々のいでたちは藤原純友率いる海賊のいでたちなのではないかと、私は考えているのだ。

941年、朝廷の派遣した軍が純友軍を破った。
純友は小舟に乗って伊予に逃れたが捕らえられ、獄中で死亡した。

鞍馬の火祭2


カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑨ 『チョッペンの儀はカシオペアを表している?』 へつづく~
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