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建築の神が住む町⑧ 北野天満宮 雪 朮詣 『天神さんは黄泉の神で1年の変わり目の神だった』 

北野天満宮 雪

北野天満宮 本殿

建築の神が住む町⑥ 大福梅授与 『目には見えない年の移り変わりを視覚化したおまじない』  より続く~

①三光門には星がない?

紅葉、梅、瑞饋祭、大福梅授与とすでに4度参拝してきたが、初詣もやはり北野天満宮へ詣でることにし、大晦日の夕刻に家を出た。
この日、京都は大雪で、私の心を躍らせた。

北野天満宮 三光門

北野天満宮 三光門

雪の積もる参道を歩いて三光門をくぐる。

三光門と呼ばれているのは彫刻の中に日月星があるためである。

北野天満宮 三光門-星

↑ 太陽だと言われている。

北野天満宮 三光門 太陽  

↑ 月だと言われている。

北野天満宮 三光門-月  

↑ 三日月。

三光門なのに星がない?

平安時代に天皇が大内裏(だいだいり、宮殿)から、その北方にある北野天満宮を拝んだ際、この三光門の真上に北極星が瞬いていたため、星を刻まなかったとも言われている。

②三光門にはちゃんと太陽・月・星が揃っている。

私は三日月が月、赤丸が星、黄丸が太陽だと思う。その理由を説明しよう。

まず、星は星型(☆)で表現されると思いがちだが、相撲では黒星・白星は丸で表現する。

城南宮 城南祭5 
城南遇 ご神紋

城南宮のご神紋も日月星を象ったものといわれているが、大きな●と小さな●、そして三日月でデザインされていて星型は用いられていない。
ということは、大きな●か、小さな●のどちらかが星なわけだ。

そして現在の日本では太陽は赤、月は黄色で描かれることが多いが、キトラ古墳では太陽は金、月は銀色で描かれている。
北野天満宮の三光門の三日月も銀色に塗られている。

一方、星には赤・黄・青などさまざまな色のものがある。
自ら光を発する恒星の場合は温度によって色がかわる。

太陽は、5000~6000kで実際には黄色である。
外国では太陽は黄色で描かれることが多い。
日本では太陽は赤で描かれることが多いが、それは夕日の赤の印象が強いためではないだろうか。

そういうわけで、三光門の黄色い丸は太陽で、赤い丸は星だと考えられる。

三日月もあるので、太陽・星・月の3つの光がちゃんと揃っている。

③立牛と梅鉢紋

三光門を通り抜けると本殿があり、本殿の前では朮火が焚かれていた。
大晦日に北野天満宮を詣で、朮火を縄でもらい受けてお雑煮を焚いて食べると、無病息災のご利益があるなどと言われている。

北野天満宮 朮詣 

本殿の上方を見上げると、立牛のレリーフがある。
天満宮の牛はほとんどが寝そべる姿のものであり、立ちあがる姿のものは珍しい。

立牛の下には北野天満宮のご神紋、星梅鉢紋が刻まれていた。

北野天満宮 立牛 と 紋 

天満宮の御祭神・菅原道真は大宰府で亡くなり、その遺体を牛車に乗せて運んでいたところ、牛が止まって歩かなくなってしまった。
そこで、その地に菅原道真の遺体を葬り、その上に大宰府天満宮を建てたといわれている。

ずいきまつり おはぐるま 

天満宮に牛の像北野天満宮 瑞饋祭 牛車 菅原道真公の遺体を運ぶ様を再現したものだと思われる。

天満宮に牛の像が置かれているのは、その故事にちなむものだろう。

また、藤原時平の讒言によって菅原道真が太宰府に左遷されたとき、道真の邸宅の梅の木が道真をしたって京から大宰府まで飛んできたという伝説もある。

天満宮の紋は若干のデザインの違いはあるが、ほとんどが梅紋である。
それはこの飛梅伝説によるものだろう。

④牛は月、梅は星を表す?


私は羽田空港にある千住博さんのmooonという作品を思い出していた。

羽田空港 mooon

千住博さんのmooon

作品の説明版には次のように記されていた。
「大古の昔、月の形に似た角を持つ牛は天体の運行を司る使者として、人々から崇められてきた。」
なるほど、牛とは月の神なのだ。

そして立牛の下にある星梅鉢紋は、5つの●でデザインされている。
②でに述べたように、●は星をあらわしている。
また●でデザインされた紋を、星紋という。
http://www.harimaya.com/kamon/column/hosi.html
星梅鉢紋はその名のとおり、星をあらわしているのだ。

牛=月、梅鉢紋=星なので、菅原道真は夜の神だといえるだろう。

北野天満宮 地主神社 雪

北野天満宮 地主神社

⑤菅原道真は夜の神で黄泉の神?

記紀神話に登場する月の神は月読命という神名であるが、読は黄泉に通じる。月は黄泉の国の神だとも考えられる。
月読命=月の神=黄泉の国の王

そして船場俊昭さんが次のようにおっしゃている。
「スサノオを漢字で書くと素戔鳴尊となるが、これは輝ける(素)ものを失って(戔)ああ(鳴)と嘆き悲しむ神(尊)という意味で、スサノオはもともとは星の神だったのが、のちに星の神という神格を奪われたのてはないか」と。

記紀神話ではスサノオは根の国の王として登場する。
根の国とは黄泉の国と同様のものと考えられている。
スサノオ=星の神=根の国の王=黄泉の国の王

月も星も黄泉の神だということになる。

そして菅原道真を祀る天満宮のシンボルは牛と梅である。
④でのべたように、牛は月の神である。
そして北野天満宮のご神門は星梅鉢紋である。

つまり、牛=月=黄泉の神、梅=星=黄泉の神。
菅原道真は黄泉の神だともいえるのではないだろうか?

⑤牛=12月丑、梅=1月=寅で、天満宮は艮(丑寅)の神?

また、こんな風にも考えられる。

牛は干支の丑。丑は季節では12月をあらわす。

梅は1月1日または2月3日の誕生花である。

1月1日は旧暦だろう。
新暦の1月1日ではまだ梅は咲かないが、旧暦の1月(新暦の2月ごろ)になると梅の花が咲き始めるからだ。

2月3日は二十四節気の立春の前日、節分だ。
立春は暦法・二十四節気の元旦でもあった。
つまり梅は新年をあらわす花だということになると思うが、新年=1月は干支では寅である。
天神さんのシンボルが牛と梅なのは、牛=12月=丑、梅=1月=寅で、艮(丑寅)の神でもあるということではないか。

艮(丑寅)は方角では東北のことだが、東北は鬼が出入りする方角、鬼門として忌まれた。

猿が辻

上は京都御所の猿ヶ辻だが、東北の角を作らないよう、わざわざ塀を内側に凹ませてある。
それほど、東北=丑寅は忌まれていたのだ。

北野天満宮の御祭神・菅原道真の死後、疫病の流行・清涼殿に雷が落ちるなどの事件があったが、それらは大宰府に左遷された菅原道真の怨霊のしわざだと考えられた。

北野天神縁起には清涼殿で暴れる鬼(雷神/天神)が描かれているが、この鬼は道真の怨霊だと考えられる。

File:Kitano Tenjin Engi Emaki - Jokyo - Thunder God2.jpg

『北野天神縁起』(承久本)巻六より。宮中清涼殿に雷を落とす雷神と逃げまどう公家たち

https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AKitano_Tenjin_Engi_Emaki_-_Jokyo_-_Thunder_God2.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a2/Kitano_Tenjin_Engi_Emaki_-_Jokyo_-_Thunder_God2.jpg
よりお借りしました。
作者 不明 [Public domain または Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で


道真は鬼なのだ。
それで鬼をあらわす牛=丑=12月と梅=1月=寅が道真のシンボルになっているのかもしれない。

⑥菅原道真、1年の変わり目の神へと神格を広げる?

さらに道真は艮(丑寅)の神ということで、1年の変わり目の神へと神格を広げたようである。
艮(丑寅)は丑=12月、寅=1月で1年の変わり目もあらわしているのだ。

ここ北野天満宮で大晦日から新年にかけて、朮詣が行われているのは、道真が怨霊であり鬼であり、丑寅の神であり、さらに1年の変わり目の神であるからかもしえない。

⑦八坂神社の朮詣

八坂神社でも朮詣の習慣がある。

八坂神社の御祭神はスサノオであり、スサノオは牛頭天皇と習合されている。
⑤でみたように、スサノオは星の神だと考えられ、牛頭天皇は牛の角を生やした姿であらわされることもある。

月読命は黄泉の神。星の神・スサノオは根の国の王=黄泉の国の王と考えられる。

つまり、スサノオ=牛頭天皇もまた、黄泉の神であり、鬼(丑寅)なのだ。
丑寅は丑=12月、寅=1月で、スサノオは1年の変わり目をあらわす神でもあると考えられる。
そういうことから、八坂神社でも朮詣でが行われているのではないかと思う。


建築の神が住む町⑨ 北野天満宮 新春奉納狂言 福の神『福の神の正体』 へつづく~
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[2017/09/17 23:11] 建築の神が住む町 | トラックバック(-) | コメント(-)