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紀氏の祖神・ソサノオ 

貴船祭 出雲神楽 
貴船祭 出雲神楽

前回の記事、「貴船は紀船? (貴船神社 貴船祭) 」において、私は次のようなことをお話しした。

①貴船神社・奥の院の船形石には次のような伝説がある。
「反正天皇の時代、黄色い船にのり、黄色い服を着た神が難波の津に降りたち、次のように言った。
『私は皇母玉依姫(神武天皇の母)である。私の船が止まるところに祠を作るように』 と。
船は蜑女崎(尼崎)、菟道川、鴨川を経て鞍馬川と貴船川の合流点に達し、貴船川を遡り、霊境吹井のある場所に鎮座した。 
これが黄船の宮となったと伝わり、奥の院にある船形石はその船が人目を忌んで石に包まれたものである。 」

②玉依姫という神は記紀神話にも登場する。
「兄・海幸彦(ホデリ)の釣り針をなくした弟の山幸彦(ホオリ)は釣り針を探して龍宮城にやってきた。
ホオリは海神の娘・豊玉姫と恋に落ちて結婚した。
しかし3年後、なくした釣り針は赤鯛の喉にひっかかっているのが見つかり、ホオリは元の世界へと戻っていった。
ホオリの子を身籠った豊玉姫はホオリを追ってホオリのいる世界へとやってきた。
そして『自分が出産する様子を決して見ないように』 とホオリに約束させるが、ホオリは我慢できなくなって覗き見てしまう。
産屋の中にいたのは、大きなワニであった。
豊玉姫は自分の本当の姿を見られたことを恥じて海の世界に戻ってしまった。
そして代わりに妹の玉依姫を遣わし、御子(ウガヤフキアエズ)を養育させた。
玉依姫は甥のウガヤフキアエズを養育し、後にウガヤフキアエズの妻となり、イツセ、イナヒ、ミケヌ、カムヤマトイワレビコを産んだ。
このカムヤマトイワレビコが初代神武天皇である。

③兵庫県尼崎市に長洲貴布禰神社があり、次のように言い伝わっている。
「平安京遷都の際、調度の運搬を命ぜられた紀伊の紀氏が「任務が無事遂行できますように」と自身の守り神に祈願したところ、事がうまく運び、そのお礼にこの社を建てた。」

④高田祟史さんは貴船神社は紀船神社で紀氏が祭祀する神社だとおっしゃっている。


②の伝説では「ホオリは海神の娘である豊玉姫と結婚してウガヤフキアエズが誕生した。」となっている。
ここに登場する海神はスサノオと同一神とみなされることが多い。
というのは、スサノオはイザナギに「大海原をおさめよ」と命じられているからだ。
しかし、記紀(古事記と日本書紀)にはスサノオが大海原をおさめたという記述は ない。
そうではなくスサノオは根の国の王として登場する。
根の国とは死後の国のことである。

根の国がどこにあったのかについては諸説ある。

古事記・・・・・・・・・・黄泉平坂(この世と黄泉の国の境)と同じとする。             
            大国主が根の国へ行く前に「木の国」へ行ったという記述から、根の国は紀国にあるとする説もある。
大祓の祝詞・・・・・・海の彼方または海の底。
日本書紀・一書・・・イザナミが熊野に葬られたとあり、ここからイザナミが住む根の国は紀伊国、熊野であるとする説がある。

どうやら根の国は出雲の黄泉平坂であるとも、紀国・熊野であるとも考えられていたようである。

また大祓の祝詞で根の国を海の彼方または海の底としていることも紀国を示唆しているように思われる。
というのは、かつて紀国の那智勝浦において補陀落渡海が行われていたからである。
補陀落渡海とは南方海上にある補陀落という浄土に向かって船で旅立つことで、捨身行のひとつであった。
具体的には行者を閉じ込めて出られないような状態にした船を沖まで別の船が曳行し、綱を切った。
紀国において補陀落渡海が行われていたということは、紀国が海の神に対する信仰が厚い地域であったことを示すものだろう。
そして紀州を本拠地としていた紀氏は紀州の豊富な森林資源を生かした造船技術に優れていたことも、紀国の海の神に対する信仰と無関係ではないだろう。

尼崎市の長洲貴布禰神社は紀氏が創建したといい、京都の貴船神社も紀氏の氏神を祀る神社である可能性が高い。
そして、ホツマツタエという書物では、紀氏の祖神はソサノオであるとしている。
紀伊半島の南部を昔ソサといい、ソサで生まれたのでソサノオと名付けられたという。
とすれば、海神=スサノオ(ソサノオ)の娘・玉依姫は紀氏の神だということになる。

貴船祭では貴船神社奥の院において、出雲神楽が奉納されている。
それは次のような記紀の物語を神楽にしたものだった。

スサノオは天の機屋に馬の逆剥ぎを投げ込み、織女のひとりが死ぬという事件がおきた。
天照大神はこの事件に堪忍袋の緒を切らして天岩戸に籠ってしまう。
(天岩戸に籠るというのは、石室に死体が安置されているイメージである。
そのようなところから、死んだ織女とは天照大神自身のことだと考えられている。 )
結局、天照大神は天岩戸から出てきたが、スサノオは罰せられ、高天原を追放されて葦原中国へ天下った。

きぶねまつり くしなだひめ
アシナヅチ・テナヅチ・クシナダヒメ (貴船祭 出雲神楽より)

芦原中国へ天下ったスサノオはアシナヅチ・テナヅチという老夫婦に出会う。
老夫婦はスサノオに次のように言った。
「私たちには8人の娘がいたが、八岐大蛇に食べられてしまって今は娘はクシナダヒメ一人になってしまった。
今年は末娘のクシナダヒメが食べられてしまう。どうぞ助けてください。」
そこでスサノオはアシナヅチ・テナヅチに強い酒を用意させた。
そして八岐大蛇に酒を呑ませ、酔っぱらって眠ってしまったところを十拳剣で斬って退治した。
八岐大蛇の尾から草薙剣が出てきたので、これを天照大神に献上した。
スサノオがクシナダヒメと結婚して出雲の根之堅洲国(現;島根県安木市)の須賀の地にいき
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」と歌を詠んだ。

この物語の舞台は出雲ではなく紀国であったのかもしれない。

さて、物語の中に根之堅洲国と出てくる。
根之堅洲国とは死後の世界のことである。
スサノオとクシナダヒメは結婚して死後の国へ行ったのである。
なぜ結婚して死の国へいくのか、と思われる方があるかもしれないが、男神=荒霊、女神=和霊で、男女が和合するということは、荒霊を鎮める呪術であったと私は思っている。
長くなるので、これについては次回。

貴船祭 出雲神楽 スサノオと大蛇3 
八俣の大蛇を退治するスサノオ(貴船祭 出雲神楽より)  

貴船神社・・・京都府京都市左京区鞍馬貴船町180
貴船祭・・・6月1日 午前11時~午後6時頃

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[2014/06/05 21:00] 京都の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)