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トンデモもののけ辞典83 和尚魚 亀入道 「浦島太郎のモデルは倭宿禰命?」


寺島良安『和漢三才図会』より「和尚魚」

寺島良安『和漢三才図会』より「和尚魚」

①和尚魚

体長は5~6尺(約1.5~1.8メートル)。体はスッポンに似ており、頭部は「和尚」の名の通り頭髪がない坊主頭のように見える[1]。

これを捕らえて殺そうとすると、和尚魚は手を合わせて涙を流しつつ命乞いをするので「助けてやるが、その代わり二度と祟ってはいけない」と言い聞かせて海へ逃がすと良いという[1]。

また、同様に亀の体に坊主頭の人間の頭部を持つ海坊主として亀入道(かめにゅうどう)があり、若狭湾に出現するといわれる[2]。津村淙庵による江戸時代の随筆『譚海』では、これは和尚魚と同じものとされている。この姿を見ると不吉な出来事が起こるとされ、捕えてしまった場合、酒を飲ませて海へ放したという[3]。

妖怪探訪家・村上健司はこの和尚魚や入亀入道を、海亀を妖怪視したものと推測している[1]。


前回は亀入道を中心に考えたので、今回は和尚魚について考えてみようと思った。
その結果、浦島太郎を調べることになって・・・・・

⓶和尚魚はスッポンに似ているが、スッポンではない。

和尚魚はスッポン似ているという。
そして、「海へ逃がすとよい」ともあるが、
スッポンは海ではなく淡水の川や池に住んでいる。
なので、和尚魚の正体は淡水にすむスッポンではないことがわかる。

ちなみにスッポンは亀とちがって、次のような特徴がある。
・甲羅が柔らかく、弾力がある。(亀の甲羅は堅い)
・歯がない。(亀には歯がある)
・指が3本。(亀の指は5本)
・基本的に水中で生活する。(亀は水陸両方で生活する。)

 

③和尚魚の正体はウミガメ?

和尚魚はスッポンに似ているとあるが、スッポンは海に住んでいないので、
和尚魚はスッポンににている海の生物をモデルとして創作されたものではないだろうか。

スッポンににている海の生物とはウミガメだ。

和尚魚は手を合わせて涙を流しつつ命乞いをするので「助けてやるが、その代わり二度と祟ってはいけない」と言い聞かせて海へ逃がすと良いという[1]。

とあるのは興味深い。
ウミガメは出産のとき、涙を流すというのを聞いたことがある。
和尚魚はウミガメではないか?

「手を合わせて」とあるが、下の動画を見ると、ウミガメが手を動かす様子は、手を合わせるかのようにも見える。



④ウミガメの産卵

 

上の動画にはオドロキの内容が語られている。

⑤浦島太郎が助けた亀はメス亀

特に私が注目したのは、これである。↓
a ウミガメは一生のほとんど海の中で過ごすが、メスは産卵のため自分が生まれた浜に戻ってくる。
b ウミガメは光や音が苦手なので夜浜辺に上陸して産卵する。

浦島太郎の物語がある。

浦島太郎は浜辺で子供たちにいじめられている亀を助けてやる。
すると亀はお礼だといって、浦島太郎を自分の背中にのせて竜宮城へつれていく。
竜宮城で浦島太郎は乙姫様に迎えられて楽しく過ごす。
しかし故郷が恋しくなり、亀の背にのって元の世界に戻るが、3年と思っていたのが、700年の年月がたっていた。
浦島太郎は乙姫にもらった玉手箱をあける。
擦ると白い煙がもくもくとでて、浦島太郎は一瞬で老人になってしまう。

浦島太郎が助けた亀は、なぜ浜辺にいたのか。
それは産卵のためだったのだ。
すなわち、浦島太郎が助けた亀はメスだったのだ。
また、時間は昼ではなく夜だ。

この発見に感動してしばらくじーんとしていたが(w)、
実はこの話は国語教科書に掲載されて広く知れ渡った物語で、そのもととなっている話は少しストーリーが違うのだという。

浦島太郎が浜辺で亀を「おもちゃにしている」子供らに遭遇―第三期国定教科書、『尋常小学国語読本』(1928)

それも、日本書記、万葉集、御伽草子などいくつもの史料に掲載されており、それぞれ少しづつ異なっているようである。

『御伽草子「室町時代)』にも掲載されているが、御伽草子には異本もあり、さまざまな話が伝えられているとのこと。
江戸時代に普及した御伽文庫の内容は次のようなものである。

丹後の国の浦島太郎は「ゑじまが磯」で亀を釣り上げたが逃がしてやった。
数日後、浜に舟が漂着し、中には女が乗っていた。
女は浦島太郎に、本国に帰してほしいと頼む。
浦島太郎は女と舟に乗って龍宮城につき、女と夫婦となって3年暮らした。
しかし浦島太郎は両親が心配になって「帰りたい」といった。
女は「私はあなたに助けられた亀です。」といい、「決してあけないように」といって太郎に「かたみの筥(はこ)」を渡した。
浦島太郎は元の世界にもどったが、なんと700年がすぎていた。
浦島太郎が箱を開けると紫の雲が立ち昇り浦島太郎は老人になった。
浦島太郎はさらに鶴となって蓬萊山(不老不死の薬を持つ仙人が住む山)へ向かって飛び去った。
竜宮の女も亀になって蓬莱山へ向かい、丹後では太郎と女は夫婦の明神となって祀られた。

亀は浜辺で子どもたちにいじめられているところを浦島太郎に助けられたのではなく、浦島太郎が海でつりあげたのを逃がしてやったのだった。
海で釣り上げたのであれば亀はオスの可能性もある。

しかしその後、亀は女の姿になって浜に漂着したとあり、これは亀が産卵のため浜にあがってくることをベースに作られた物語のように思える。


⑥浦島太郎のモデルは倭宿禰命?

「ゑじまが磯」がどこにあるのかわからないが、丹後の国とある点に注意したい。
丹後の国とは現在の京都府北部、丹後半島のあたりである。
丹後半島には浦嶋神社がある。
主祭神は浦嶋子(浦島太郎)で、浦島太郎伝説が伝えられているところである。

前回の記事 トンデモもののけ辞典82 亀入道  で、籠神社と籠神社・摂社に祀られている倭宿彌命について記した。

倭宿禰命

倭宿禰命

上は籠神社にある倭宿禰命像だが、なぜ倭宿禰命は亀に乗っているのにあるだろうか。

倭宿禰命は別名を珍彦・椎根津彦・神知津彦 大倭国造、倭直ともいい、
 籠神社の主祭神・彦火明命の四代目の孫 海部宮司家四代目の祖である。

神武東征のとき、明石海峡(速吸門)に亀に乗って現れ、浪速、河内、大和へと神武天皇の道案内をした。
その功労により、神武天皇から倭宿禰の称号を賜った。

籠神社にはこのように伝わり、そのため、倭宿禰命像は亀に乗った姿であらわされているのだった。

籠神社と浦嶋神社は距離的にも近い。
浦島太郎のモデルは倭宿禰命なのではないか?

⑦倭宿禰命とヤマトタケルは同一人物?

トンデモもののけ辞典82 亀入道 に私はこう書いた。

「熊野山中で神武天皇の道案内をしたのは三本脚の八咫烏だったが、海の道案内をしたのは倭宿彌命だったたわけである。
山中の道案内はカラスがしたのだから、海の道案内は倭宿彌命=亀がした、といえるかもしれない。」と。

しかし、『御伽文庫』の浦島太郎を読むと、これを訂正する必用があるかもしれない。(すいません!)
亀は浦島太郎の妻で、浦島太郎は鶴となった。そして二人で蓬莱に向かったとある。
ここから、「鶴は千年、亀は万年」といわれるようになったといわれる。
(実際には鶴の寿命は30年程度、亀は80年程度)
浦島太郎は鶴になったのだ。

まてよ、確か先代旧事本紀によれば、倭宿禰命は景行天皇の皇子と記されていたはずだ。
景行天皇は第12代天皇で、ヤマトタケルの父親である。
ヤマトタケルは日本書記では日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、『古事記』では「倭建命(ヤマトタケルノミコト)と記されることが多い。

倭建命と倭宿禰命はどちらも倭(ヤマト)とある。
もしかして、倭建命と倭宿禰命は同一人物ではないだろうか。

走水の海(横須賀市)の神が大波を起こしたとき、ヤマトタケルの后の弟橘比売は海に入水(海に身を投げて死ぬこと)している。
大波を鎮めるには生贄が必用だと考えられていたのかもしれない。
そうすると波は穏やかになり、ヤマトタケルは上総国に渡り、しばらくこの地(現在の木更津市か?)に上陸している。
海に身を投げて死んだ弟橘比売は亀になったと考えられたかもしれない。

木更津港

木更津港

そしてヤマトタケルは伊吹山の神と戦うためにでかけるのだが、神は大氷雨を降らせ、ヤマトタケルは病を患って亡くなってしまう。
死んだヤマトタケルは陵に葬られるが、白鳥となって飛び立った。

白鳥というのは白い鳥のことで、スワンのことではない。
白鳥とは鶴のことかもしれない。

白鳥(鶴?)はどこへ飛んでいったのか。
それは蓬莱山であり、白鳥のあとをおって海で入水し亀となった弟橘比売も蓬莱山へ向かったのかも?

大鳥大社

ヤマトタケルを祀る大鳥大社

⑧竜宮は星の世界だった?

浦島太郎伝説は『御伽草子「室町時代)』からさらに遡ることができる。

丹後国風土記逸文(8世紀)
與謝郡日置里筒川村の筒川島子(つつかわのしまこ)は、別名「水江浦島子」といい、日下部首(くさかべのおびと)の先祖。
雄略天皇の時代、島子は一人舟で海に出るが、3日間魚は釣れず、五色の亀が釣れた。
五色の亀は美女に変身し、「天上の仙(ひじり)の家の者」だといった。
舟で女性の住む「蓬山」を訪れる。(海上の島)
蓬山の門では、7人の童子(昴七星)、8人の童子(畢星)に出迎えられ、女と夫婦になる。
三年がたち、島子は帰りたいといいだした。
女は「私と再会したいならば、決してあけてはいけない」といって嶼子に玉匣(たまくしげ/箱)を授けた。
嶼子は元の世界に戻るが、300年たっていた。
箱を開けると、何か美しい姿が雲をともない天上に飛び去って行った。
そこで島子は女性と再会できなくなったことを悟る。

この話では浦島太郎ではなく筒川島子という名前になっている。

丹後国風土記逸文を読んで驚かされるのは、蓬山の門に、7人の童子(昴七星)、8人の童子(畢星)がいる点である。
蓬山とは五色の亀が棲む海上の島ということだが、五色の亀が変身した女は「天上の仙(ひじり)の家の者」だといっている。
つまり、蓬山(海上の島)と天上の仙の家は同じものということになる。
水平線と空は繋がっているように見えるので、古の人々は海と空は繋がっており、海をどこまでも行くと天上にいたると考えていたのだろうか。

そう考えると、籠神社の南にある細長い砂州を天橋立と呼ぶ理由もなんとなくわかる。
長い砂州をどんどん歩いて海のかなたまでいくと、海と空が繋がっているということではないだろうか。


天橋立という地名の由来は
「イザナギは久志備の浜の北の籠神社の真名井原(イザナミを祀る)に天から通うために梯子を作ったが、寝ている間に倒れてしまった」と言われてはいるが、この由来がいつから言われているのかわからないし
「海と空は繋がっている」説もありえるんじゃないだろうか。
また覗きをして天橋立をみるのは、海を空に見立てるためだろうが、昔の人はまた覗きをしていなかったかも。

天橋立

天橋立

蓬山の門に、7人の童子(昴七星)、8人の童子(畢星)がいたとあるが
昴(すばる)とはプレアデス星団のこと。
畢星(つりがねぼし)はヒアデス星団のことで、いずれも牡羊座を構成する星団で、オリオン座の向かって右あたりにある。
ここが海から空に入る入口というわけだ。

 

オリオン座と言うと冬の星座というイメージが強いが、夏でも深夜に上ってくる。

スサノオはイザナギに「大海原をおさめよ」と命じられており海神と同一視されている。
(つまり乙姫の父親・海神がスサノオ)

しかし記紀神話には根の国(死後の国)の神としてもスサノオは登場する。

さらに、スサノオは星の神だとも考えらえる。
というのは、イザナギの左目から天照大神が、右目から月読命が、鼻からスサノオが生まれたとされるが
イザナギの顔は宇宙に喩えられていると思う。
陰陽道の宇宙観では東を太陽の定位置、西を月の定位置、中央を星とするという。
地図では「右が東」だと思われるかもしれないが、それは正しくは「向かって右が東」であり
地図の側にたてば、東が左となる。
ということはイザナギの顔の真ん中にある鼻から生まれたスサノオは星の神ということになる。
船場俊昭氏は「スサノオ(素戔嗚尊)とは輝ける(素)ものを失い(戔う/そこなう)て嘆き悲しむ(鳴/ああ)神(尊)」という意味で、はもとは星の神であったのではないかとおっしゃっている。

⑨浦島太郎(筒川島子・浦嶋子)は恨みをもって死んだ?

スサノオは海の神でもあり、星の神でもあり、根の国(死後の国)の神でもある。
つまり、亀は死の国の住人であり、浦島太郎は死の国に連れていかれたということになる。

日本書紀
丹波国餘社郡(現・京都府与謝郡)に住む浦嶋子は舟に乗って釣りに出て、亀を捕らえた。
亀は女に変化し、浦嶋子はこの女を妻とした。
二人は海中に入って蓬萊山(とこよのくに)へいき、遍歴して仙人たちに会った。

こちらの話では蓬萊山と書いて「とこよのくに」と読ませているが、「とこよのくに」とは『常世の国』でありこちらも『根の国』と同じく死後の世界と考えられている。
ただし、根の国は地獄のようなところ、常世の国は天国のようなところとされている。

万葉集巻九
高橋虫麻呂作の長歌(歌番号1740)に「詠水江浦嶋子一首」

水の江の浦島の子が7日も帰らず鯛や鰹を釣っていると、海境(うなさか)[注 24]を超えて漕いで海神の娘と出会って結婚した。
常世にある海神の宮で暮らしたが、男は元の世界へ戻りたいと言い出した。
妻は「常世の国に戻りたいと思うのならば決してあけてはいけない」といって篋(くしげ)を手渡した。
水江に戻ると、たった3年だと思っていたのに、家がなかった。
箱を開ければ元の家などが戻るのではないかと思って、開けたところ白い雲がたなびいて常世にむかった。
浦島の子は皺だらけの白髪の老人の様になり、ついには息絶えた。

この高橋虫麻呂の長歌では、浦島の子は箱をあけて老人になったあと死んだ、と歌われている。

浦島太郎(筒川島子・浦嶋子)のモデルが倭宿禰命だとすれば、浦島太郎は恨みをもって死んだということになる。

前回の記事、トンデモもののけ辞典82 亀入道  に書いたように

倭宿禰命は物部氏の神と考えられ、神武以前畿内には物部王朝があったと考えられる。
倭宿禰命は神武の道案内をしたというが、どこまで本当かわからないし、国を乗っ取られたことに恨みを抱いて怨霊になったのではないだろうか。

怨霊というのは神である。

しかし、怨霊の倭宿禰命は仏門に入り、煩悩をすてて悟りを開き、人々に祟るのをやめる。
そう言った目的があって、神仏は習合されていたのではないかと思う。

そうして亀に乗った姿の倭宿禰命は僧侶となり亀入道となったが、それでも恨みは消えなかったようで
亀入道の姿を見ると不吉な出来事が起こる、などと考えられたのではないだろうか。

いや、まて。
亀は産卵のため浜辺に戻ってきていたメスだったはずだ。
しかし、和尚魚とか亀入道というのは男の妖怪じゃないのか?
浦島太郎や島子が結婚した亀がメスだということは、この話は和尚魚や亀入道とは関係がないのではないか?

いや、そうとも言い切れない。
和尚とは「修行を積んで一人前と認められたお坊様」のことで、女性にも使ったりしないだろうか。
ネットをぐぐると「女の和尚さんが・・・・」という文章もあった。(どうかな?)
冒頭の和尚魚の絵も尼僧に見えなくもない。

また、日本の神は性別がルーズで、謡曲三輪では男神とされる三輪明神が女神として登場するし
男性の聖徳太子が女に生まれ変わって親鸞の妻に鳴ろう、と言ったという話もある。

そして、男神は荒魂を、女神は和魂をあらわすのではないかとする説もある。

亀は荒々しく祟る心を捨てきれず、そのため女ではなく男の妖怪としてあらわれたと考えることもできるかもしれない。




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乙姫考・補足

初めまして、こんばんは。このサイトの研究内容はとても面白いですね。

それから亀といえば浦島太郎の乙姫ですが、もしかすると乙姫の名前は弟橘比売から来ているのかもしれません(「弟橘比売→オトタチバナヒメ→オトヒメ→乙姫」みたいな感じで…)。
[ 2023/02/03 18:38 ] [ 編集 ]

マッドリオさんへ

乙姫考 補足、ありがとうございます。
そうですね、乙姫の名前は弟橘比売からくるのかも。
気が付きませんでした(汗)
素人なので考証が甘い点がたくさんあると思いますが
お気づきの点はどんどんご指摘いただけるとありがたいです♪
[ 2023/02/04 13:19 ] [ 編集 ]

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